英雄達10
水晶の欠片を回収した事で、魔族にはもう用はない。ヒヅキが女性の方へ窺うように視線を向けると、女性は頷いてきた道を戻っていく。
ヒヅキは魔族に「では」 と軽く頭を下げて、もう用はない事を伝える。背中に呆然とした視線を感じつつ、ヒヅキは女性の後を付いていく。
「次は深淵種の所持者でしたね」
「はい。近くに居るようですが、どうやらそろそろ集合場所に戻ろうとしているようですね」
「では、急ぎましょうか」
「ええ、そうですね」
女性は頷くと共に、一気に速度を上げる。それにヒヅキも続いた。
途中まで通った道を戻り、別の道に入る。それからも道が幾つも分かれていて、本当に自然に出来たのか疑いたくなるほどに複雑な地形が続く。
そうして道を進むと、その途中で籠を背負った人物と出会う。ここまで来た目的を思えば、おそらくこの人物こそが水晶の欠片の所持者なのだろう。そう判断したヒヅキは、その人物を観察する。
見た目は30代後半といった男性で、外見は人間と大差ない。威厳というものとは無縁そうな顔だちをしていて、鼻の下に整えられた髭がちょこんと乗っている。
しかし、露出している手足を見るに、かなり鍛えられているのが分かる。強そうには見えないし感じないが、一般人という訳ではないのかもしれない。
見た限りでは武器らしい武器は所持していないようだが、素手でも強い者は居るし、この世の中には魔法という武器も存在しているので油断は出来ない。人は見かけによらぬもの、らしい。
「おや?」
ヒヅキ達がある程度の距離で足を止めると、向こうも気づいたのか呆けたような声を出した。
さて、どう出るのかと、ヒヅキは密かに緊張しながら出方を窺うも、相手は穏やかに首を傾げるだけ。
「新しく避難してきた方々ですか?」
するりと耳に入り込むような優しげな声音に、ヒヅキは何故か背筋が冷える思いがする。
「いいえ」
そんな中、相手の問いに女性は小さく首を振って否定すると。
「貴方の持つ欠片の回収に来たのです」
こちらもまた、背筋の冷えるような声音を出した。
ヒヅキは一気に周囲の温度が下がったような感覚に苛まれるも、表情だけは変わらない。
(女性の方は解る。これはおそらく殺気もしくはそれに近いモノだろう。だが、相手の方は解らないな……)
正体不明の気持ち悪さに、ヒヅキは静かに事の成り行きを見守ることにする。
「欠片、ですか?」
「ええ。これぐらいの欠片ですよ。貴方が所持しているのでしょう?」
女性が示した欠片の大きさは、今までヒヅキが集めてきたどの欠片よりも大きい。そして、女性の口調から知っている相手だろうかとヒヅキは内心で首を捻る。もっとも、たとえ知り合いでも友好的な関係ではなさそうだが。
「はて? そんなものを持っていたでしょうか?」
思案するように腕を組んで首を捻ると、しばらく相手は黙った。程なくして顔を戻した男性は、ふるふると首を横に振る。
「覚えがありませんな」
「そうですか」
「ええ。それほどの大きさであれば記憶に残っていると思うのですが……」
申し訳なさそうに眉根を下げてそう告げた男性に、女性は呆れたように息を吐き出す。
「では、その籠の中に入っているのは違うと?」
「はっはっは。この籠の中身はこの場所で採れる野菜ですよ」
女性の言葉に、男性は朗らかに笑いながら優しく告げる。ついでに少し身を前に倒して籠の中身を女性の方に見せた。
籠の中には白い植物が入っている。硬そうな物から柔らかそうな物まで、種類は少しあるようだ。
そんな植物が、籠の7割ほどを埋めている。見た目は確かに植物の入った籠だが、あれならば中に何か隠す事も出来るだろう。女性が示した欠片の大きさは親指2本分ほどだったのだから尚の事。
それを女性が指摘すると、男性は元の体勢に戻って再度朗らかに笑う。
「はっはっは。それは言いがかりというものですよ。それで調べて籠の中にも服の中にも無かったら、今度は私が飲み込んだとでも言うおつもりですか? 流石にそうなると調べようがないではないですか。私が排泄するのでも待ちますか?」
困ったような呆れたような表情でそう告げる男性に、女性は冷たい表情のまま小さく息を吐き出した。




