英雄達9
震えながら水晶の欠片の入った容れ物を強く握り締め、魔族は声にならない声を漏らし、尻を石の床にこすりながら後退しようとする。
「譲っては下さらないので?」
その様子を眺めながら、女性は相変わらず穏やかな微笑みを顔に浮かべている。声音も相変わらず威圧的だが。
ヒヅキはその様子を少し後方から眺めながら、魔族の現状を考察する。
(恐怖で身体が固くなっているけれど、何とか恐怖の元凶たる女性から逃げようとしている。というところか。水晶の欠片の入った容れ物を握りしめているのは、女性が脅した時に丁度手元に在ったからだろうな……これ、交渉じゃなくて脅迫だよな)
後ろから眺めていたヒヅキは冷静にそう判断するも、そもそも最も遠くに居て、尚且つ行き止まりに居る相手を選んだ時点で最初からこうするつもりだったのだろう。もう少しで水晶の欠片が揃うので、もしかしたら女性も気持ちが急いているのかもしれない。
(それでもいきなり襲い掛からないだけマシなのかもしれないが)
仮に、ここでこの魔族を殺めたとしても、気づかれるまでには時間が掛かるだろう。それまでの間にもうひとつの欠片を回収するなど、女性にとっては造作もない事。
そう思えば、脅迫で済んでまだよかったのかもしれない。もっとも、このままでは直にそうなってしまうだろうが。
ヒヅキは内心でため息をつくと、女性と魔族の間に入る。そうしないと話が進みそうになかったから。
女性に落ち着くように視線を向けた後、ヒヅキは魔族の前に屈んで視線を合わせると、安心させるような笑みを浮かべ、落ち着いた声音で声を掛ける。
「私達はその欠片を譲ってもらいたいだけで、貴方に危害を加えるつもりはありません」
一言一言丁寧に、しっかりとした口調で言い聞かせるようにヒヅキは魔族に告げる。なにせこれは最後通告なのだ。まずは落ち着いてもらわねば話も出来ない。
ヒヅキは背中に視線を感じながらも、努めてそれを無視して話を続ける。
そんなヒヅキの顔を見た後、魔族はその背後に視線を向けて小さく悲鳴を漏らす。
魔族は逃げるように視線を彷徨わせた後、ギュッと握りしめている手元に視線を落とした。
そのまま視線を固定した魔族は、恐る恐るという感じで手を開く。
手を開くと、そこには半ばからぱかりと開いた半透明な容れ物が姿を現す。どうやら強く握りすぎて開いたようだ。
その中には、女性が示した大きさと同じぐらいの水晶の欠片が入っていた。今までヒヅキが集めた中でも大きい方の欠片ではあるが、女性がそれを示したという事は、魔族が所持していた水晶の欠片の大きさも知っていたのだろう。
「それを譲ってくれませんか?」
手元の容れ物に視線を向けていた魔族は、その声に少し前よりは落ち着いた表情でヒヅキを見る。
「えっと……」
口を少し開けたまま、どう答えればいいのかというよりも、満足に言葉が出ないといった様子の魔族。
しばらく返答を待っていると、魔族は震える手をヒヅキに差し出してくる。その手には水晶の欠片の入った容れ物が載せられている。
「譲ってくださるのですね?」
ヒヅキの穏やかな確認の問いに、魔族は恐る恐る頷いた。
それを確認したヒヅキは、恐がらせないようにゆっくりとした動作で水晶の欠片だけを回収する。回収後、屈んだまま少し後ろに下がった後、立ち上がって女性の許にゆっくりとした足取りで戻る。
女性が少し申し訳なさそうに手のひらを差し出してきたので、ヒヅキはその上に水晶の欠片を置く。それだけで、沼に鉄の塊でも置いて時間を早めたかのように水晶の欠片は手のひらの中に沈んでいった。
それを不思議そうに眺めた後、ヒヅキは魔族の方へと顔を向ける。
無事に水晶の欠片を回収した事によって女性からの圧が消えたからか、魔族は小さく震えるだけで何処かホッとしたような表情を浮かべていた。




