英雄達
転移魔法の試運転を終えて建物の中に戻ったヒヅキは、女性に注文通りの装飾品を渡される。それと共に、少しだけ余った金属も渡された。それもわざわざ長方形に形を整えた物を。
鋳塊を背嚢の中に仕舞うと、装飾品は空間収納の方に仕舞っておく。
その頃には陽も大分傾いていたので、せっかく建物が在るのだからと、今日はこのまま建物の中で夜を過ごす事にした。
山の中はヒヅキが転移魔法の試運転から戻った時には既に暗くなっていたので、陽が落ちると建物内も暗くなった。それでも星が瞬いているので僅かに明るい。月は見えるかどうかといったぐらいの細い線になっている。
そんな中、建物の床に防水布を敷いて腰掛けたヒヅキは、右手を上げて腕輪へと視線を向けている。
そうしながら軽く腕輪の表面を左手でなぞりながら、慎重に腕輪へと魔力を注ぎ、腕輪内の魔力回路を調べていく。
「………………」
しばらくそうして腕輪を調べた後、ヒヅキは困ったように息を吐いた。
(かなり複雑だな)
女性が短時間で作った腕輪だが、そこに刻まれている魔力回路はそれに見合わぬほどにかなり複雑で、少し調べただけで頭が痛くなりそうなほど。
そんなヒヅキの様子を隣から眺めていた女性は、ヒヅキが何をしていたのか理解して教える。
「それに罠は仕掛けていないので、そこまで慎重にならなくても大丈夫ですよ?」
「そうなのですか?」
その言葉に、ヒヅキは腕輪から女性の方へと顔を向ける。
「ええ。そもそもそれは、ヒヅキ以外が使う事を想定していないので、罠は必要ないと思いまして。それに、その方が早く仕上がりますし」
「なるほど。しかし、それで大丈夫なのでしょうか?」
女性の説明に、ヒヅキは心配げに問い掛ける。ヒヅキが腕輪を奪われる場合もだが、ヒヅキの死後についても考えると心配にもなる。転移魔法にはそれだけ十分価値があるのだから。
しかし、ヒヅキのその心配を理解しながらも、女性は柔らかな笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。ヒヅキからその腕輪を奪えるような相手は、そもそも転移魔法が使える可能性が高いですし、それ以外では転移魔法は使えません。というよりも、使った瞬間に魔力を全て吸い取られて死ぬ可能性が高いでしょうね。そうまでしても不発に終わりそうですが」
「そうなんですか? ですがこれは……」
ヒヅキは腕輪の方に目を向ける。先程試運転して感じた事だが、この腕輪に組み込まれている魔法陣は非常に魔力効率がよく、少しの魔力でも十分に起動してくれる。なので、ヒヅキには魔法が使える者であれば、大抵は1度ぐらいは使用出来そうに思えた。
そんな疑問も見通しているようで、女性はおかしそうにクスクスと笑う。
「?」
そんな女性に目を戻すと、ヒヅキはなんで笑っているのかと不思議そうに首を傾げた。
それに気がついた女性は笑みを引っ込めると、一呼吸置いてから口を開く。
「ヒヅキは自分を知らないのですね」
「どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味ですよ。昔のヒヅキがどうだったかは知りませんが、今のヒヅキの保有魔力量はかなりのモノですよ。そもそも魔族とほぼ同等という時点でかなり魔力量が多いという事ですし」
「そうなのですか?」
「ええ。魔力に敏感だというのに、ヒヅキは妙なところで鈍感ですね。それに、その魔力操作の精度です。そこまで巧みに魔力を操れる者など、私でも片手で足りるぐらいしか知りませんよ」
「そうなのですか?」
ヒヅキは訝しげに眉根を寄せる。人よりは魔力に敏感で、その分魔力を扱うのは得意な方だとは思っているが、女性にして今まで見て来た者の中で五指に入ると言わしめるほどだとは想像した事も無かった。
なので、魔力量の話はともかくとしても、魔力操作の話は流石に眉唾物に思えてならなかった。
そんなヒヅキの様子に、女性は相変わらずおかしそうにクスクスと笑う。それが一層ヒヅキには怪しく映った。




