テトラ165
「因みにですが、装飾品だけ作っておいて、後日それに魔法を組み込む事も可能ですよ」
ヒヅキが何について悩んでいるのか理解している女性は、やや呆れたような雰囲気でそう告げる。
それを受けてヒヅキは少し驚いたような顔を見せるも、直ぐにまた悩んでしまう。組み込む魔法については後回しでもよくなったといっても、作る装飾品についても悩んでしまうのだ。
まずは身に付けなければ意味がないので、気軽に身に付けられる物でなければならないだろう。それでいながら、動きを阻害しない物でなければならない。
(ひとつはもう片方の腕に嵌める腕輪でいいか。あとは実際の剣を握る訳ではないから指輪でもいいか? 首飾りは動くと邪魔そうだが、服の中に仕舞っておけば大丈夫だろうか?)
頭の中に幾つか候補を挙げては、どうしようかと思案する。金属の量はそれほどある訳ではないので、そんなに多くは作れない。しかし、それでも多いと思えるぐらいにヒヅキは悩む。
「そうですね………………では、まずはもう1つ腕輪をお願いします。他は指輪や首飾りに……脚に付ける飾りでもいいですね。どれぐらい作れそうですか?」
「そうですね。簡素な造りにするとしまして、腕輪1、指輪4、首飾り1、脚飾り2辺りでしょうか? 髪飾り……は付けないかもしれませんが、耳飾りもありますよ?」
「いえ、その4種類でお願いします」
「分かりました。では、早速作りますね」
「お願いします」
ヒヅキが頼むと、女性は箱の中に残りの金属を全て入れる。全ての金属を入れると、箱はひとりでに山の中に入っていった。
「さて、後は何の魔法を組み込むかですが、こちらは先程言った通り後日でもいいでしょう。出来るまでしばらく掛かりますが、その間どうされますか?」
「そうですね……少しこの腕輪の転移魔法を試してみようかと思います」
「分かりました。くれぐれも無理はされないように」
「はい」
女性の言葉に頷いたヒヅキは、建物の外に出る。
外はまだ明るく、太陽の位置的に昼も終わりといったところ。周辺には森以外には何も無いので、転移魔法の練習には持ってこいの環境だろう。
ヒヅキは右手に嵌めた腕輪を左の義手でひと撫ですると、何処へ転移しようかと周囲に目を向ける。
そうして方角を決めた後は、女性から聞いた話を参考に、おおよその目標を立てていく。
(まずはあの辺りを目指してみるとするか)
腕輪に意識を向けたヒヅキは、女性の説明に従って腕輪に少量の魔力を流していく。そうすると、腕輪が魔力を吸い取る感覚が伝わってくる。
(聞いていたよりも魔力効率がよさそうだな。これなら魔力消費量が抑えられそうだ)
その想像以上に軽い感覚にヒヅキが驚いている間に魔法の準備が整い、一瞬視界が歪んだかと思うと、ヒヅキは転移先として意識していた場所より少し先へと転移していた。
周囲と自分の状況を確認した後、ヒヅキは自身の消耗具合からもう少し遠くへ移動しても問題なさそうだと思い、距離を測る為に女性が作業している建物とは反対側へと移動する。
そうして距離を取ったところで、先程転移してきた建物近くを意識して、先程よりも多めに腕輪に魔力を流し込んでいく。
(これぐらいでどうだろうか?)
先程の感覚から推測した量の魔力を腕輪に流すと、直ぐに転移魔法が起動してヒヅキは転移する。
(んー……もう少し流す量を絞っても大丈夫そうだな)
またしても予定地点より少し行き過ぎた結果に、ヒヅキは頭の中で更に軌道修正していく。ごく短い距離なうえに、聞いてた以上に魔力効率がいいので、もう何回かは問題なく試せそうだった。
そうしてヒヅキが転移魔法の調子を確かめている間に女性の作業が終わったようで、建物から女性が出てくる。
外に出て転移を試しているヒヅキを視界に収めた後、どこか微笑ましげな笑みを浮かべた女性は、そのまま視線を森の方へと向ける。
森へと向けた目を少し細めて遠くを見るような目をした女性は、寂しげなようでいて、それでいて何かが吹っ切れたような悟った笑みを一瞬浮かべると、声を出さずに口だけ動かして何かを呟いた。
その後にふるふると首を横に振った女性は、ヒヅキの方へと顔を向けながら小さく言葉を漏らす。
「とうに棄てた名です」
そう呟いた後、女性はいつもの優しげな微笑みを浮かべながら、森を背にヒヅキが転移の練習をしている方へと歩みを進めていった。




