テトラ163
「金属を出してもらえますか?」
そう言って女性は、山の内部への入り口近くに在る周囲とは色の異なる床を指差す。
それに頷いたヒヅキは、その指示に従い色の違う床の上に持ってきた金属の塊を取り出しては置いていく。慎重に置いていくが金属の塊は非常に重たいので、床に置く度に重い音が部屋に響いた。
どれだけ必要か分からないので、持ってきていた金属を全て置くと、女性に離れるように言われて、ヒヅキは建物の入り口近くまで下がる。
これから何が行われるのか楽しみにしつつヒヅキが眺めていると、女性は山から距離を取る。それから少しして、山の中が真っ赤に染まった。
山から距離を取っていた女性は、そのまま動かずに山の方を注視する。そうして少しすると、山の中の色が赤から青へと変化していく。
それでも女性が動かずに山を眺めていると、段々と青色が淡くなっていくのが分かった。
その辺りで女性は動くと、ヒヅキが置いた金属の塊の前まで移動する。
「腕輪でいいのですよね? それに組み込むのは転移魔法で」
「はい。お願いします」
金属の塊の前でヒヅキに確認を取った女性は、ヒヅキの了承を受けて作業に取り掛かる。
「結局鋳型を取りに行くことはありませんでしたね」
金属の塊を粘土のように素手で切り分けながら、女性が小さく呟く。
女性が鋳型を求めて魔族の首都に行かなかったのは、魔族の首都から離れた場所に転移してきたというのもあるが、それ自体は最初から想定していた事なので問題ではない。
首都はスキアに滅ぼされたようなので、鋳型が無事かどうかはさておき、魔族の首都にも丈夫な鋳型であれば存在しているのを女性は知っている。以前に首都に赴いた時にその辺りも密かに確認していたから。
しかし、それでも探しに首都に行かなかったのは、その必要が無くなったからに他ならない。
勿論、鋳型が在れば作るのに便利ではあるが、それでも持ち運びには不便である。それに、ヒヅキが水晶の欠片と呼ぶ動力の欠片を新たに回収した事で、女性に力が戻ってきた。それも動力のかなりの部分がこれで戻ったからか、力も一気に戻ってきている。
その結果、苦も無く全てを魔法で賄えるぐらいには回復したので、そちらの方が早く楽に出来ると判断して鋳型を探すのを止めたという訳であった。
出来の方も、鋳型で作るよりも魔法で作る方が品質は上。であれば、わざわざ離れた場所に在る首都まで行って、無事な物が現存するかどうかも分からない鋳型を探す必要はどこにも無いという訳である。
腕輪作りに必要な金属を切り分けた女性は、それを色の異なる床の余白部分を利用して今し方作ったばかりの箱の中に詰め込んでいく。
箱の中に必要量の金属を詰め込むと、それを女性は苦も無く持ち上げ、山の中への入り口前まで運ぶ。
入り口前に箱を置くと、女性はその箱をそっと押す。そうすると、箱はひとりでに青白く輝いている山の中へと入っていった。
それを見送った女性は、再度山から距離を取る。
「腕輪は1つでいいのですか? 他の装飾品を作ってもいいですが」
ヒヅキの隣まで下がった女性は、ヒヅキにそう問い掛ける。山の近くにはまだ金属の塊があるので、先程女性が持っていった量を参考にすれば、腕輪なら後2つか3つは作れるかもしれない。
他の装飾品で、指輪などの腕輪よりも金属の必要量が少なそうな物だと更に作れる事だろう。
その質問に、ヒヅキは腕を組んで考える。装飾品は必要ないのだが、女性はそれに魔法を組み込んでくれるという。そんな機会はそうそうないだろうし、魔法を組み込むのは女性だ、作り手としてそれ以上は望むべくもない相手。
そう思えば、ここで可能な限り作ってもらうべきなのかもしれないが、かといって何の魔法を組み込んでもらえばいいのかとなると考えてしまう。ヒヅキは魔法に詳しい訳ではないのだから。




