テトラ154
ヒヅキが女性の方に目を移すと、何処となく微笑ましげな目で見ている女性がそこに居た。
先程ヒヅキが壁をペタペタと触って調べていたのを見ていたのだろう。その眼差しは何だか優しげだ。それを理解したヒヅキは、急に気恥ずかしく思う。それとともに、少し女性との距離が縮まったような気がした。
もっとも、それなりに長い間一緒に旅をしているので、多少距離が縮まるのは普通だろうが。
しかし、女性はウィンディーネよりも分かりにくいので、実際のところはなんとも言えない。まぁそれでも、多少の信は得られたのだろう。
これから先、ヒヅキは神と戦う際に女性に手を借りる予定なので、信頼は無いよりも有った方がいい。
女性と合流したヒヅキは、そのまま最奥に戻っていく。歩く速度は最初よりも速いが、ヒヅキでも問題ない速度。
最奥に居た真なる魔物を倒したからか、それとも魔物生成装置を破壊したからかは不明だが、奥に行けば行くほど濃くなっていた魔力濃度も大分薄くなってきていた。それでもヒヅキは過去視を使いつつ、たまに光球を飛ばしている。これも時間が経てばもっと薄くなるのだろう。
相変わらず周囲の水晶は明かりを発しているが、行き同様に魔物は見かけない。
それからも速度を緩めずに進み、1日ほど経過したところで最奥に戻ってこられた。棺の方は最初と同じで、石碑に立てかけられたまま。
見た目も全く変化していないので、ヒヅキでは封印が解かれたかどうかは外から判断出来ない。
棺に近づき、1度観察して問題ない事を確かめたところで、ヒヅキは棺のふたに手を掛けた。
そのままふたの縁に掛けた手を持ち上げると、何の抵抗もなくふたは向こう側へと倒れていく。
棺が開いた事の前ではそんな些事は気にならず、ヒヅキは棺の中に目を落とす。
覗き込んだ棺の中は、光沢のある見るからに上質そうな赤い布が敷かれており、棺の中央辺りに小さな箱が嵌め込まれるようにして鎮座していた。
ヒヅキは念入りに棺の中を確認後、箱へと手を伸ばしてみる。
(罠はないな)
箱に触れても何も起こらないので、とりあえず棺の中に罠はないと判断するも、それでも慎重に箱に触れて取り出す。
何事もなく取り出せた箱は、毎度水晶の欠片が収められているいつもの箱。その箱も入念に調べてみるが、普通の箱であるよう。
女性も特に何も言わないので、ヒヅキはゆっくりと箱を開けてみる。箱の中にも罠はなく、中には相変わらず箱の大きさにそぐわない小さな水晶の欠片が在った。
いつも通りの物だったので、早速それを女性に渡す。
ヒヅキから水晶の欠片を受け取った女性は、それを手のひらから体内へと溶かすように吸収していく。
残った箱はとりあえず保管する。背嚢は金属で一杯になっていたが、箱はそれほど大きくないので何とか収納出来た。
箱を背嚢に仕舞うと、ヒヅキは棺のふたを戻す。そこで思い出して棺をどかしてみると、今度はすんなりと棺が動く。
ヒヅキは棺をどかして現れた石碑の表面を眺めてみる。どうせ読めないだろうと思って文字を見ると、やはり見た事のない文字で書かれている石碑のようだ。
(何が書かれているのやら)
石碑を眺めていたヒヅキがそう思うと、1字1字は解読不能でも、何故か文章としては読む事が出来た。ただし完璧ではなく、虫食い文字のように読めない部分も多い。いや、読めない部分の方が大半か。
それでも一部読めるようになったのは確かなので、ヒヅキは早速読める部分の文章を読んでみる。何かの法則でもあるのか、飛び飛びでほとんどが意味不明な文章だったが、それでも幾つか分かった事はあった。
例えばこの遺跡の名前。女性は以前、ここは時の狭間の迷宮だと言っていたが、この石碑に刻まれた時にはどうやら別の名で呼ばれていたようだ。その名は、テトラ遺跡というらしい。




