テトラ137
最初、装置の底部の白い部分が震えているように見えた。
ふるふると震えはじめたかと思うと、次第にその震えが大きくなっていき、底部が垂れて揺れだす。
そこまでくれば、ヒヅキも何となく解った。どうやら装置の底部から何かが滲みだしているのだと。揺れる様を見るに、それもどうやってか粘性の高い液体のようだ。
「あれが魔物を生成しているという事でしょうか?」
「そうですね。あの階層の魔物はああやって生成されます。あのまま雫が大きくなって床に落ちると動き出しますよ」
ふるふると振り子のように揺れながら徐々に大きくなっていく雫を眺め、女性はヒヅキの問いを肯定する。
それを聞き、ではもうこれで魔物生成の瞬間を見たという事でいいのではないかとヒヅキは考えた。雫が大きくなるのが結構遅く、小指の先ほどの雫が一時間掛けても親指程にもならない。
このまま待っていたら何日掛かるのだろうか? と思い、まだ魔物生成の途中ではあるが、ヒヅキは女性に装置の破壊を提案する事にした。
「このままでは魔物が動き出すまでかなり時間が掛かりそうなので、もう装置を壊してもいいですかね?」
「どうぞお好きに。ですが、壊すなら魔物を先に斬った方がいいですよ? あれでも装置から離れれば動き出しますので」
「そうなのですか?」
「あの魔物は特殊な魔物ですからね。最初に核となる部分が出来ますので、その後の大きさは関係ないのです。因みに核は、あの小さな雫ですよ。透明な核なので見えませんが、おおよそ大きさはあれより一回りぐらい小さいぐらいでしょう」
やっと親指ほどまで大きくなった雫を指して、女性はヒヅキに告げる。確かにいくら凝視しても見えないが、女性がそう言うのであれば存在するのだろう。思い返してみると、女性が魔物を倒す時は斬ったり突いたりではなく、広範囲で一気に潰していた。あれは核を破壊する為だったのだろう。であれば、女性にも核は見えていないのだろうか?
そう疑問に思うも、ヒヅキがあの階層の魔物と戦う機会はなさそうなので、頭の片隅にでも記憶しておくに留める。あの魔物は他の階層では出ないという事なので、それで十分だろう。
「なるほど。ご助言感謝します」
ヒヅキは女性に礼を言った後、背嚢と一緒に持っていた剣を鞘から引き抜き、構えたまま装置の前で立ち止まる。
装置は魔物を生成しているだけでヒヅキに危害は加えてこないようだ。それに安堵すると、であれば確実に狙いを定めて斬ればいいかと、精製されている魔物の方に集中していく。
剣を下段に構えて精製されている魔物に狙いを定めると、ほぼ垂直に剣を振り上げ、雫ごと装置を真っ二つにした。
「ふむ。まるで手ごたえを感じなかったな」
油断なく床に落ちた装置に目を向けながら、ヒヅキは剣の切れ味の鋭さに驚く。次元を斬れるほどなのだから、それぐらい出来てもおかしくはないのだろう。
斬られた魔物の方は、床に落ちる前に消滅していた。
「それで、この台座はどうすれば?」
装置も沈黙しているので、ヒヅキはちらと装置を吊るしていた台座の方に目を向ける。
「そちらは特に意味はないので放置でいいですよ。直に装置と一緒に消滅しますので」
「そうなのですか?」
装置に視線を向けたまま数歩後退したヒヅキは、剣を鞘に収めながら女性の言葉に応える。
「ええ。ここの装置は台座と併せて1つの存在ですから、装置を破壊すれば同時に台座も消滅します。ただ、その逆では装置の方は残ってしまいますが」
「……そうなのですね」
ヒヅキは頷きながら、つまりはあくまで台座は装置の付属品かと納得した。どうやら見たままの存在だったらしい。
「さて、では用事も済みましたし戻りましょうか」
「はい」
装置が台座と一緒に消えていくのを眺めながら、女性の言葉にヒヅキは頷く。時の狭間と魔物生成装置。そのどちらも確認出来たのだから、ヒヅキとしては満足であった。




