テトラ120
「ええ。世界には面倒で危険な物が多くあるものです。鏡だけに絞ってみても、他にも色々と種類があるのですよ。少し先の自分の姿を映すだけの鏡から、使用者を鏡の世界に取り込んでしまうような危険な鏡まで、本当に様々です」
ヒヅキの感心したような言葉に、女性は疲れたような力の抜けた声音でそう付け加える。その様子から、女性が実際にそれらを見たのであろう事が窺えた。その際に何かしらの苦労があったのだろう。
それを聞きたいような聞きたくないような。そんな微妙な感覚を抱きつつ、ヒヅキは自然と「お疲れ様です」 と口にしていた。
ヒヅキの言葉に、女性は少し困ったような何とも言えない笑みを浮かべる。
「もっとも、危ない道具の多くは既に封印されたか破棄されていますが。今の時代ではそういった物を作る技術は伝わっていないようですが、それも確実ではありませんからね」
「今代の神も居ますし」 と続けて小さく呟いた女性の言葉は凄く切実な響きを含んでいて、ヒヅキは何とも言えない気持ちになる。同時に、同情ではないがヒヅキは女性に少し親近感を覚えた。
「それで、宝の間が表のという事は、そこから先に進むと最下層へと続いているのですか?」
話題を変えようと思い、ヒヅキは気になっていた別の事を女性に問い掛ける。
「まぁ、そうですね。道自体は続いていませんが」
「道が無いのですか?」
「ええ。この遺跡は封印の祠ですからね。誰かが本当の最奥に訪問出来るような造りにはなっていないのですよ。表の造りは、遺跡の入り口を地上に出すための処置ですから……本当は地上に入り口を出す意味は無いのですが、ここは神々の感覚故としか解りませんね」
理解出来ないとばかりに息を吐いた女性は、面倒そうに頭を軽く振った。女性は案外苦労人なのかもしれない。
「それで最下層までの道ですが、床を壊すしか道はありません」
「は?」
なんとも分かりやすいといえば分かりやすい回答ではあるが、ヒヅキは女性が放った言葉が一瞬理解出来なかった。
「床を壊す……んですか?」
「そうですよ。宝の間とは別の場所からですが、床を壊すしか下へと続く道はありません」
「そこの床は薄いので?」
現在地は地下である。途中でヒヅキが気づかない内に何処かへと飛ばされていなければだが。
そして、現在までに2度ヒヅキは階段で下りてきたが、それなりに深く下りていたと思う。であれば、階層間の厚みは結構なモノのように思うのだが、そこを破壊出来るのだろうか。
「薄くはないですが、元々上の階層と繋がっていた場所なので、他よりは進みやすいですね」
「……なるほど」
地下へ掘り進めたのであれば、階層間を繋ぐ通路が自然と出来ているというのは考えてみれば道理ではある。しかし、ここを創ったのが神である以上、普通で考える事は難しい。それでも女性の言が正しいのであれば、そこは普通通りのようだ。
そう理解したヒヅキは頷いてみたはいいものの、だからといって簡単に下へと開通出来るとは流石に思えなかった。
「しかし、そんな事が可能なので?」
「問題ないですよ。簡単な事です」
「そうですか」
ヒヅキの疑問に、女性はあっけらかんと問題ないと答える。それに、もしかしたらフォルトゥナのような方法で道を造るのだろうかと、かつてドワーフの国の地下街や地下砦への道を造ったフォルトゥナの手腕を思い出したヒヅキは、今度は納得したように頷いた。この女性であればフォルトゥナが出来た事など容易く行えるのだろうという、ヒヅキの女性への強さに対する信頼もあった。ここで言う強さは万能さも兼ねている。
そうして納得したところで、いつまでも教会裏の待機室で喋っていてもしょうがないと思い出し、女性に先に進む事を提案した。情けない話だが、ヒヅキ一人では遺跡の奥へと進む事も難しい。




