テトラ119
それから少しして、二人は壁の裏側に到着する。
壁の裏側には狭いながらも人一人なら住める程度の広さの部屋があり、そこには机と椅子と寝台だけが置かれていた。
「ここで生活していたという事でしょうか?」
部屋の中を見回して、ヒヅキはそう口にする。その部屋には生活感が全くないのだが、それでも住むだけであれば可能であろう。
「そうですね。と言いますか、ここから出られなかったのでしょう。あの魔物はここの守護に任ぜられていたようですし」
「そうなんですか?」
「ええ。そこに扉があるでしょう?」
そう言って女性が指さしたのは、部屋の奥に在る見た目は普通の扉。
扉を確認したヒヅキは、女性の問いに頷きを返した。
「あの扉ですが、ここの守護者を斃さなければ出てこない扉なのですよ」
「そんな仕掛けが!?」
見た目は何の変哲もない普通の扉だが、見た目に反して面倒な扉であったようだ。
「扉の左右の壁に短い線が在るのが分かりますか?」
女性の言葉にヒヅキは扉の左右に目を向ける。そこには確かに女性が言うように印のような短い線が同じ高さに引かれている。
「あれは扉が出現していなければ、壁に真っ直ぐ横線が引かれていただけなのですよ。まぁ、ここに扉が出てきますよという目印ですね」
「なるほど。中々回りくどいですね。しかし、何故そんな目印を」
非常に分かりにくくはあるが、それでもまるで先への道を示しているかのようではないか。神々は侵入者をこの遺跡の先へと進ませたいのか、それとも行く手を阻んで排除したいのか、ヒヅキにはよく分からなかった。
その疑問を理解しているのだろう。女性は苦笑めいた微笑みを浮かべて説明する。
「この遺跡の上層には、割とああいった謎解き擬きの仕掛けが仕掛けられているのですよ。まぁ、あれを見ても普通は分かりませんが、その辺の感覚は神と人の違いだとでも解釈して頂ければと。そして、ある程度進んだ辺りで道を閉ざして宝が設置されているのです」
「宝ですか?」
「ええ。そこが表の終点、宝の間。そう思わせて、侵入者にその宝を安置しているだけの遺跡だと思わせるのが狙いのようですよ。そこまで来られる者はかなり限られてきますが、目を背けさせる為の罠ですね」
「その宝とは?」
「今も変わらずそこに在るのでしたらですが、確か真実の鏡だったかと」
「真実の鏡ですか? それはどんな宝なのですか?」
「真実を映す鏡で、その鏡にはその者本来の姿が映し出されるという鏡ですね。これは真贋鏡という鏡の簡易版です」
「真贋鏡とは?」
「真贋鏡は、その鏡に映した者の真実の姿を暴くという鏡で、真実の鏡が鏡越しにしか真実の姿が分からないのに対して、真贋鏡は鏡に映した相手の真実の姿をその場で強引に暴き出すという鏡です。これにより変装や擬態は意味を成さなくなります」
「そんな鏡があるのですね」
女性の説明にヒヅキは驚愕する。人にしてみれば、真実の鏡だけでもかなり強力な道具であろう。ヒヅキが思いつくだけでも、本来の姿とは別の姿を取っているというウィンディーネの存在がある。それに真実の鏡でも使用した場合、神とも崇められる存在でも本当の姿を暴き出せると思えば、それが如何に強力な鏡か分かるというものだ。
「ええ。それだけではなく、真贋鏡の更に上に心眼鏡という危険な鏡も在りますが」
「それはどういった鏡なのですか?」
「相手の本性を暴く鏡。真贋鏡と同じ性能に加えて相手の本性を暴くので、大人しい人が急に凶暴になるなど危険な代物です。もっとも、それは鏡面が割られたうえで封じられているはずですが」
「鏡だけでも色々あるのですね」
魔法道具に興味のあるヒヅキにとってその話はとても興味深い話であったが、それとは別に、安置されているらしい宝が真実の姿を映すだけの鏡でよかったとも思うのだった。




