テトラ117
結局何がしたかったのか。一瞬そんな疑問がヒヅキの頭を過ぎるも、既に済んだ事なので確かめようはない。油断させようとでもしたのだろう。
それよりも、相変わらず女性が何をしたのかが解らなかったという方にヒヅキの意識は向いていた。
ヒヅキにとっては先程の魔物ですら警戒に値する相手だったので、しっかりと戦闘態勢を取っていた。つまりは感覚も普段よりは研ぎ澄ませていたのだが、それでもやはり女性の攻撃は捉える事が出来なかったというのは、今後を思えば不安にもなる。とはいえ、地道に鍛える以外には手はないので、どうしようもないのだが。
(せめて見えるぐらいまでにはなりたいものだ)
そこに至れるのかどうかはさておき、ヒヅキはそれを一応の目標と定める。その間に女性は石碑の方へと移動を始めていた。
それに気づいたヒヅキは慌てて後を追う。魔物が消滅した場所を通るも、既に完全に消滅しているので何も無い。両端で座っていた魔物も気づけば消滅していた。おそらく女性が三体同時に消したのだろう。
二人は長椅子の間の通路を通ると、輝くような黒色をした石碑の前まで進む。石碑の前で立ち止まった二人は、大きなそれを見上げた。
石碑は大岩の片面を平らに切り取った一枚岩で、表面がツルツルしている。高さは3、4メートルほどだろうか。幅はもう少し長いような気がする。
厚さは最大で5メートルほどあるも、石碑は岩の端を平らに切り取っただけらしく、ツルツルの表面の後ろは歪な半円を描いていた。
そんな石碑のツルツルした部分には、白色で文字が書かれている。しかし、それはヒヅキの知る文字ではなかったので、読むことは出来そうにない。
「………………」
「これは何と書いてあるのですか?」
ヒヅキは隣で黙って石碑を見上げている女性に石碑の内容について問い掛ける。自分では読めなくとも、女性であれば読めるだろうと半ば確信があったから。
その問いに女性は、ヒヅキの方に顔を向けた後にもう1度石碑の方を見上げる。
その後に再度ヒヅキの方に顔を向けたが、その表情は内容を話すべきかどうか迷っているように見えた。しかし、それでも女性は内容をヒヅキに教えることにしたようで、ゆっくりと石碑に書かれている内容について話し出す。
「この石碑に書かれているのは、主に以前お話したこの遺跡の成り立ちについてです。あれをもう少し詳しく書いたものですね」
石碑の上の方を指差した女性は、それを下げて石碑の下部にまで下ろす。ここまでがその話だと示しているのだろう。
「そして、この先に待ち構えているモノを少し。それと……かつて封じられていた女性について少しといったところです」
「なるほど」
最後に若干間が空いた事が気にはなったが、ヒヅキは内容について理解して頷く。それと同時に、疑問も浮かぶ。
「何故こんなものがここに?」
遺跡の由来について書く事もあるだろう。だが、ここは神が創ったという特殊な遺跡だ。こんなわざわざ由来について説明してくれる石碑があるとも思えなかった。それもまだ遺跡も半ばに。
「元々石碑は最奥に存在していましたが、それはまた別の石碑です。こんな観光地のような石碑は存在していませんでしたので、おそらく今代の神の仕業でしょう」
「なるほど。でも、何の為にでしょう?」
「さぁ。私には理解しかねます」
「そうですか……まぁ、そうですね」
女性の言葉にヒヅキは神と思われる相手を思い浮かべ、確かにと納得した。あれを理解出来るとは思えない。
納得したところで、ヒヅキは改めて目の前の石碑を見上げる。何度見ても大きな石碑だった。近くで見上げると、もはやただの壁だ。
文字は相変わらず読めはしないが、見れば同程度の幅と深さの奇麗な線で彫られているのが分かる。これだけでもかなりの技術が必要だろうし、石碑全体に文字を刻むだけでも数ヵ月、いや、石碑が大きいうえに大量の文字という事を考えれば年単位で時間が必要かもしれない。
ヒヅキには神の意図は理解出来ないが、それでも無駄な部分で力を入れているなと思わずにはいられなかった。




