テトラ112
転移魔法陣。それは対となるように設置した転移魔法陣間でのみ行き来できるものなので、仮にヒヅキが解析して修得出来たとしても、根無し草のヒヅキでは無用の長物である。
だが、知的好奇心は満たされるであろう。もっとも、転移魔法陣は女性に破壊されてしまったが。
「そういえば、昔は転移魔法陣は珍しくなかったのですよね?」
女性の言った通りおおよそ1時間ほど掛かって転移魔法陣を破壊した後、他におかしなところはないかと女性が広間中に視線を向けている横で、ヒヅキは思い出したように問い掛けた。
「そうですね。ある程度大きな街には最低1つは設置されていましたから」
「それほどですか……」
現在の常識を持つヒヅキには、過去の普通は信じられない事であった。こうして転移魔法陣の実物を見るという機会も、今ではほとんど失われている。
「それでも転移魔法陣を創れる者は限られていましたが。あれは単純に転移の魔法と陣の書き方を合わせただけという訳ではないようで、ちょっとした秘伝のような扱いでしたね」
「私には、転移の魔法という時点で理解の範疇を越えてますがね」
「それほど難しい魔法でもないのですが」
「使えるのですか?」
「ええ、勿論」
ヒヅキの問いに、女性はとても軽く肯定した。伝説の魔法が「料理出来る?」 「はい」 ぐらいの気軽さである。
それに改めて自分と相手の住む世界の違いを理解したヒヅキ。一体これから後何回同じ事を理解すればいいのだろうかと、ヒヅキは心底呆れてしまう。
「教えましょうか? 魔力消費量が多いので、貴方では短距離を多くても数回が精々でしょうが」
女性は何でもないようにそう提案した後、馬鹿にする訳ではなく心配するようにそう付け加えた。
「是非お願いします!」
しかし、そんな事は関係ないとばかりにヒヅキは食いつく。女性にとっては大した魔法ではなくとも、ヒヅキにとっては伝説の魔法なのだ。使用するかどうかは別にしても、知っておきたい魔法ではある。
勢いよく頭を下げたヒヅキに、女性は少しおかしそうに微笑んだ後、転移魔法について惜しげもなく伝授していく。
ついでにヒヅキが「転移魔法陣は創れるのですか?」 と女性に確認してみたところ、「ええ、創れますよ」 と相変わらず軽く肯定された。
それを聞いたヒヅキは、駄目元でそれも教えてくれないかと頼んでみたところ、「いいですよ」 と即答された。やはり女性にとってそれらは大した魔法や技能ではないのだろう。
それから女性に転移魔法と転移魔法陣について教えてもらうヒヅキ。
転移魔法に関しては、扱いは難しくとも覚えるのはとても簡単だったようで、数10分ほどで修得出来てしまった。ただ、修得した後に使用出来るかどうか確かめてみたところ、ヒヅキでは数歩先に転移するのが精一杯だった。これも光魔法以外半減の効果かどうかは定かではないが、全く影響を受けていないとは考えにくいだろう。
使用回数も、ほぼ万全な状態で3回も使用すれば意識が飛びそうなほど一気に魔力を失うほど。これは今後の改良が重要になってくるのだろうが、既に結構磨かれた魔法なので、そう簡単にはいくまい。
次に転移魔法陣ではあるが、これは修得にかなり苦労しそうだ。
元々ヒヅキは陣を理解する事は出来ても描いた事がほとんど無いので、まずはそこから習わなければならない段階だった。
それに加えて、女性が言っていたように転移魔法と陣を単純に併せただけでは転移魔法陣は完成しないので、そこから更に学習する必要もあり、修得するまで更に時間を要する。
結果として、魔物を駆逐した階層の調査を終えてもまだ修得には至っていない。せめて陣を描いて学べばもう少し理解度も上がるのだろうが、ぼやぼやしているとせっかく駆逐したのに階層に魔物が補充されてしまうので、そういう訳にもいかなかった。




