テトラ105
何でもない事のようにそう告げた女性は、そのまま部屋の中を進んでいく。その部屋もとても広い部屋であった。
ヒヅキが現出させた光球の頼りない明かりでは、部屋の全容は到底分かりそうもない。しかし、小さい音とはいえ足音が闇に吸い込まれて消えていく様子は、部屋が広い事を主張しているかのようだ。
そんな部屋の中を、女性は一切の迷いを見せることなく進んでいく。
「道を知っているのですか?」
その様子に、ヒヅキが疑問を投げかける。いくら感知が優れていると言っても、感知では広大だという遺跡の全てを事細かに把握出来ていなければ、迷いなく進むことは難しいだろう。
「ええ。最深部の封印の間までは問題なく」
「そうですか……」
しかし、女性は事も無げにそう答える。ヒヅキでは不可能でも、規格外な存在である女性には難しい事ではないのかもしれない。
それを改めて突き付けられた気がしたヒヅキは一応驚きはするが、それ以外には今更どうこう思う事はない。自分がいかに劣った存在であるかは嫌というほどに理解させられたのだから。
(それでも、人並みに感情があればまた違ったのかもしれないが)
詮無き事とは知りつつも、ついそんな考えが浮かんでしまう。薄れている感情でもそんな事を考えるらしい。いや、失っているからこそ、そう思うのだろう。
難儀なものだと内心で自嘲しつつ、ヒヅキは女性の後について行く。
部屋の中は今までと異なり、途中から荒れていた。
元々は石畳で奇麗に整えられていたと思われる床は荒れ地のようにひび割れ、何ヵ所も壊れているうえに、人の頭ほどある石がごろごろと転がっている。
気をつけなければ、ところどころ石畳が壊れた事により陥没している場所に足を取られそうになってしまう。
そんな中でも、すいすいと鈍ることのない足取りで進む女性。
女性には何が見えているのか、光球が照らす明かりのギリギリのところを進みながら、明かりの外から突然現れる穴や石を最初から避けて進んでいる。
おかげで後に続くヒヅキも問題なく進む事が出来ているのだが、それでも足下に注意していなければ、小さな穴や石などに足を取られそうになってしまう。
(何度見てもスキアのような存在だな)
森の中や壊れた遺跡の中、どんな悪路でも鈍ることのない女性の足取りに、ヒヅキは変わらずそんな考えが浮かぶ。しかし、仮に同じだとしても、悪路踏破の性能はスキアの方が上であろう。スキアは大きな石や大穴でも問題なくその上を通ってくるのだから。
とはいえ、ヒヅキはスキアのそれを転移ではないかとも疑っている。いくら伝説の魔法だといってもスキアは神が創った存在なので、伝説ぐらい普通に使えても何らおかしな事はないだろう。
もっとも、それに関しては確証も無いただの推測でしかないのだが。それも一般常識で考えれば随分と荒唐無稽な類いに入りそうな推測だ。
(まぁ、魔法に関してはよく解らないが)
そこまで考えて、ヒヅキは頭を振る。
ヒヅキは魔法に関しては専門外だ。フォルトゥナに習った以外ではほとんど魔法の知識は無い。なので、考えるだけ無駄であった。少なくとも、魔法に関して知識のある誰かに相談しなければ結論の出ない推測だ。
思考を切り替えたヒヅキは、足下に注意しながら部屋を見回す。といっても、明かりが弱いので床の一部が見えるだけだが。
それに光量を増やそうかと考えたヒヅキだが、魔物に気づかれても困るかと自重する。魔物は元は動物なので、明かりを頼りに襲ってこないとも限らない。
(ん?)
そんな事を考えたところで、ヒヅキはひとつの疑問が浮かぶ。というよりも、何故その疑問が今まで浮かんでこなかったのかが不思議なほど。
(多分女性の話に驚きすぎたせいだな)
何故かと思いヒヅキは直ぐにそう結論付けると、疑問を解消するべく、答えを知っていそうな女性に疑問を投げかける事にした。




