テトラ104
広い通路の終わりに在る部屋の中から、こちらを覗き込むように突き出ている巨大な顔。
光球の頼りない薄明かりに照らし出されたその顔は、巨大だというのを除けば人間の顔のように見えた。
彫りが深く、落ち着いた壮年の男性のようなその顔は、弱い光とはいえ下から光球が照らしているというのに、反応している様子がない。
その顔の視線は、真っすぐヒヅキ達がやってきた方角に向けられているようだった。目元に影が出来ていてはっきり確認出来る訳ではないが。それでもヒヅキ達の方へと視線が向いている様子は無い。
ヒヅキはそのまま視線を下げて、巨大な顔の身体の方へと視線を向ける。光球の頼りない光でははっきりと確認出来る訳ではないが、それでもヒヅキには部屋の中で四つん這いになっているように見えた。
その魔物は顔の大きさ通りに巨大で、身体の部分は四つん這いでありながら、巨大な顔の更に倍ぐらいは高さがあるように思えた。おおよそヒヅキの身長の4倍といったところか。
そんな巨大な魔物が部屋の入り口に居るのだが、その入り口もまた大きく、巨大な魔物でも半分ほどしか塞げていない。
いくら魔物が入り口の中央付近で待ち構えているといっても、そういう訳で十分隙間が在るので、通る分には問題はない。このまますんなりと通れればだが。
ヒヅキは女性がどうするのかと思い、そちらの方へと視線を向ける。
「………………」
視線の先では、女性が歩く速度を落としながら魔物の方へと目を向けていた。
観察するように視線を向けていた女性だが、それも直ぐに興味が失せたように顔を前に戻す。
どうするのだろうかとヒヅキが考えている間も、女性は気にせず部屋の入り口へと向かっていく。
しばらくして、女性がとうとう部屋の入り口に到着する。しかし、女性が魔物の横を通ろうとも、魔物は一切の反応を示さない。
そのまるで置物のような様子にもしかしたらと思ったヒヅキだが、目を向けてみれば禍々しい気配を発しているので、置物ではないのだろう。
(襲ってこないならその方が楽だからいいけれど……)
そう思いながらヒヅキは女性の後を追うが、納得はいかない。もしかしたら女性が何かしたのだろうか? ヒヅキがそう疑問に思いながら部屋に入ると、後方からドシンという大きな物が落ちたような重い音が響き、ヒヅキの足下を僅かに揺らす。
それに、もしかしたら動き出したのだろうかと慌ててヒヅキが振り返ると、そこには床に転がる巨大な頭と傾いでいく巨大な身体。よく見ればその身体は四つん這いになっているのではなく、何かしらの四足動物の身体らしかった。
そうして傾いだ身体が床に落ちる直前。大きな音と振動に軽く身構えたヒヅキの目に、床に倒れること無く一瞬で消滅していった魔物の身体が目に映った。
その後を追うように巨大な顔も消滅する。まるで白昼夢でも見ていたかのような錯覚を覚えるほどに呆気なかったその様子に、ヒヅキはそっと息を吐いて、前を行く女性の方に顔を戻した。
「何をしたんですか?」
前方を歩く女性へと、ヒヅキは問い掛ける。
「首を切り落としただけですよ、貴方も首が落ちていたのを見たのでしょう?」
女性のその返答に、ヒヅキは記憶を思い起こそうと首を捻る。しかし、つい先ほどの話だというのに、女性が魔物の首を切り落とした様子は記憶に無かった。ヒヅキの記憶には、ただ魔物の横を素通りした姿しかない。
それを女性に正直に伝えると、女性は一瞬何かを思案するように首を傾げた。
「その魔物の横を通った時に切り落としたのですよ。その前に麻痺させておきましたが」
「いつの間に……」
女性の追加の情報に、ヒヅキは引き攣った笑みを浮かべそうになった。今女性が口にしたどちらに対しても、ヒヅキは反応どころか認識すら出来なかったのだから。




