テトラ102
遺跡の入り口が湖の中央に在るからか、遺跡の内部は湿度が高い。
その影響だろうか。ヒヅキ達が下りている階段には苔がところどころを覆っている。壁や天井も苔生しているが、光が灯っている周囲には苔は無かった。
幸い水を吸っているという訳ではないので、踏んでも滑るという事はない。それでも油断すると苔が剥がれて滑ってしまうが、遺跡周辺の森の中よりかはかなりマシなので問題はない。
静かな空間にコツコツと靴が石の階段を叩く小さな音が妙に大きく響いていく。
階段は角度がやや急というだけで、慎重に進めば危険はない。先行している女性はその辺りを気にした様子は全く無いが。
どれぐらい階段を下りただろうか。直線ながらも結構長い階段は、やっと終わりが見えてくる。
ヒヅキは最後の段差を下りると、直ぐに振り返って階段の方を見る。すると、二人が階段を下り終わった事で階段を灯していた光がふっと消えたので、奥の様子は深い闇に包まれてしまった。
それで階段の全容を捉える事は出来なくなったが、おそらく100メートル以上は続いていたと思う。
ヒヅキは諦めて前を向き、先を進む女性の後を追いかけていく。
遺跡の中は仄かに明るかった。といっても、足下に何かあるような気がする程度の薄明かりだが、どうやら天井に光る何かが在るようだ。
そんな薄明かりでも見えることは見えるのだが、それでもやはり遺跡を探索するには暗いので、ヒヅキは光球を現出させて頭上に浮かばせる。
小さな光球を頭上に浮かばせただけで周囲は明るくなる。それでも本が読めるかどうかといった明かりではあるが、遺跡を探索するには十分な明るさだろう。
そうして改めてヒヅキは周囲を見回してみる。
そこは岩肌むき出しの地下という訳ではなく、昔の神殿か何かなのだろうかと思わせるほどに整えられた広い空間であった。
かなり長い時間そのまま放置されていたようで、置かれていたのだろう調度品はボロボロに崩れ、礼拝用の長椅子か何かなのか、規則正しく並べられたそれらは多少の形を残して壊れている。
(人が踏み入った気配が無いな)
ヒヅキが周囲を見回した感想はそのようなモノであった。
何せ周囲のモノは形が崩れ、石や木や金属などが散乱してはいるが、それでも何者かが破壊したような形跡はなく、どれも長き時が流れた事で風化したように崩れているだけ。
(この階層にも魔物が居るという話だったし、魔物が外に出る際にもここを通っていると思ったが、違うのか?)
魔物を含めた外的な破壊の跡が無く自然と朽ちたと思われるその姿に、もしかしたら出入り口は別にも在るのかもしれないとヒヅキは考えた。
それに、ここはかつて踏破された遺跡だという。現在魔物が居るのは、この遺跡の防衛機構が働いているからだと女性は言っていたが、それはかつて踏破された時も同じだったはず。
(いや。その当時は神達がどうしても触れてほしくなかったモノを封じていたらしいし、今以上に苛烈だったとしても不思議ではないか)
ヒヅキはそう思うも、どちらにしろここにはかつて何者かが訪れたはずで、同時に魔物が守護していたはずの場所。であれば、ここでは戦闘は起きなかったのかもしれない。そう思うも、その後に水晶の欠片が封じられるまでの空白の時間にも誰も訪れなかったというのも考えられない。
(誰かがここを調べたような痕跡も無いしな。まるで時だけが過ぎただけのように奇麗に朽ちている)
不思議に思いつつも、ヒヅキは女性の後を追って、その広い空間の奥に在る先へと続く道を進む。
整えられただけで何も無いその通路は、とても広い。
天井は10メートルは在るのではないかというぐらいに高く、道幅も何の為なのか、馬車が数台並んで通れそうなほど在る。
通路には遮るような壁も無ければ、調度品も何も置かれてないからか、広さを余計に強く感じた。




