テトラ100
女性はヒヅキが光の剣を向けても、一切気にした様子は無い。反応していないが、気づいていない訳はないだろう。
ヒヅキは光の剣を構えたまま、ゆっくりと息を吸って吐き出す。そうして心を落ち着けていると、どさりという何か重量がある物が落ちた音が耳に届き、そちらの方に目を向けた。
目を向けた先には、息絶えた魔物の姿。既にほとんど消えかかっていたが、完全に消える前にはその姿を確認出来た。少なくとも、見えた範囲には外傷は無かった気がする。
「それで、どうします?」
「え?」
掛けられた声に目を戻すと、ヒヅキの方に振り返っていた女性の姿。ヒヅキは女性の言葉に思わず首を傾げた。
「戦いますか?」
まだ現状を理解しきれていないのだろう。そう判断した女性は、ヒヅキが向けている光の剣をちょいちょいと指してそう告げる。
その指の先を辿って、女性へと光の剣を向けて構えているという現状を理解したヒヅキは、寒気を覚えつつも、それを表には出さずにいつも通りの顔で光の剣を消す。
「いえ。申し訳ありません」
「問題ありませんよ」
戦闘体勢を崩したヒヅキの謝罪に、女性は笑み曲げると背中を向けて歩き出す。
その後に続きながら、ヒヅキは先程の事を思い出していた。
(あれは殺気なのだろうな)
全身を包んだ気持ちの悪い寒気。それの正体は、おそらく女性が一瞬魔物に向けた殺気なのだろう。ヒヅキはそう予測する。
(こちらに向けた訳ではないというのにあれではな……)
女性は殺気を魔物に向けたのであって、後ろで控えていたヒヅキに向けて放ったのではないはず。だというのに、ヒヅキにはそれだけで命の危機を感じたほど。であれば、それを直接向けられた方はどうなったかといえば。
(殺気を向けただけであの魔物を一瞬で殺すか。戦闘どころか武器すら必要ない。格が違うのは解っていたつもりだが、結局はつもりでしかなかったな)
ヒヅキと女性の間には、天と地以上の差があるのだろう。これでまだ万全ではないのだから、万全になった女性というのはどれだけ強くなるのか。そして、そんな女性よりも上だという神という存在。ヒヅキは自分の場違い感にそっと苦笑を漏らす。役者が違い過ぎた。
何故自分がこんな場所に立っているのか、そんな事を再度考えてしまうほどに住んでいる世界が違った。スキア程度であれば、100だろうが1000だろうが状況を整えれば何とかなるが、目の前の女性は、どれだけヒヅキに有利な条件が揃おうとも、ヒヅキ程度であればそれでも圧倒出来るだろう。
これから先はそんな存在が戦う場所なのだ、まだ完全ではない女性のある程度加減したであろう殺気ですら死を覚悟させられるようなヒヅキでは、そもそも立つ資格すらない。そんな事は幼子でも解りそうなものだが。ヒヅキはそう思うのだが、既に舞台に上らされている以上、どうしようもない。逃げ切れるとは思えないし、おそらくヒヅキに限って言えば死は逃避にはならない。
何も出来ることがないという事実に、ヒヅキはただただ苦笑を浮かべる事しか出来そうもない。
そんな事を思案していると、遺跡の入り口が見えてくる。遺跡の入り口は、女性の話通りに湖の中央に在った。
大きい湖の中央、それはまるで湖面に浮かぶ小島のようであった。そこに竜が口を開いたかのような入り口が在る。来訪者を中へと誘うように開いた口は水には浸かっておらず、少し湖面から離れている。
それでも湖面の水が風で巻き上げられたりで口の中へと水が入るのだろう、湖畔から見える場所にもところどころに小さな水溜まりが出来ていた。
ヒヅキは周囲を見回してみるも、当然というか小舟の1艘もない。これは濡れながら行かなければならないのかとヒヅキは考えるも、深さは問題ないという女性の言葉を思い出し、ヒヅキは濡れないようにと背嚢を少し高めに担ぎ直した。剣の方は、鞘があるので濡れても問題ないだろう。




