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のんびりとした日常

 魔法が当たり前のように存在し、エルフ、獣人、魔族などの人種以外の種族も多数存在している世界。

 そんな世界の中で、人種が治める国々が数多く集まっている地域の最南端を治めている国で、カーディニア王国という国があった。

 人種の治める地域の端とは言っても、カーディニア王国は人種の治める国の中でも三番目に大きな領土を誇る大国であった。

 そんな南の大国カーディニア王国の南端、エルフの国との国境線からそう離れていない場所にカイルというとても小さな村が存在していた。



「ふぅ。ねぇヤッシュさん、そろそろ昼飯にしない?」

 澄み渡る青空の下、カイルの村の程近くにある畑を耕していた、どことなく眠たげな顔つきをした青年は、動かしていた手を止めると、同じく畑を耕していた筋骨隆々の大男にそう声をかけた。

「そうだな、いい時間だし、ヒヅキの言うようにそろそろ休憩にしようか!」

 ヒヅキと呼ばれたその青年の言葉を受けたヤッシュは、額の汗を丸太のように太い腕で豪快に拭うと、少し離れた場所で黙々とうねを作っていた精悍な顔つきの青年に声を掛ける。

「おい、アート!そろそろ昼飯にするぞ!」

 ヤッシュに声を掛けられたアートは手を止めると、チラリと視線だけを父親のヤッシュの方へと向けるが、それだけで直ぐに作業に戻ってしまう。

「おい!アート!聞こえてるのか!?」

 そんなアートに、ヤッシュは先ほどよりも更に大きな声で呼び掛ける。

 そんなヤッシュの呼び掛けに、アートは畝を作る手を止めることなく、背中越しに少し面倒くさそうに答える。

「これが一段落ついたら休むから、先に休んでていいよ!」

 アートのその答えに、ヤッシュはやれやれとばかりに頭をかくと、ヒヅキの方へと顔を向ける。

「だ、そうだ。先に昼飯食べとくか!」

 そう言っておどけるように小さく笑うと、ヤッシュは畑の近くに置いていた荷物の場所まで移動を開始した。

 ヒヅキはヤッシュの後に続きながらも、先ほどのヤッシュが見せたおどけた表情を思い出して、相変わらずそういう表情が似合わないなと、唇の端を少しだけつり上げると、穏やかな微笑みを浮かべた。



「それにしても、最近はここら辺でも冒険者の姿をよく見掛けるな………」

 ヒヅキは荷物を置いていた小さな段差にヤッシュと並んで腰掛けながら昼食用に持ってきていた弁当を食べていると、離れた場所を歩く武装している二人の人物が目に留まり―――その二人の肩辺りには冒険者の証とも言われる浮遊する球状の小さな物体があり、見間違えるはずもなかった―――何気なくそう呟いた。

「どこから入ってきやがったのか、カムヒの森に小鬼の群れが住み着いたらしくてな、国や森の近くの村や町なんかが報償金を出し合ってそれの殲滅依頼を出してるみたいだからな、最近冒険者をよく見掛けるようになったのはそれのせいだろうよ」

 ヤッシュはぶっきらぼうにそう答えるが、その声には不快な感情が混じっているのをヒヅキは感じていた。

(まぁ、それもしょうがないことか……それは俺も同じだしな)

 ヤッシュが冒険者に、ではなく小鬼に……いや、化物や魔物などと呼ばれている異種族相手に抱いている感情には、ヒヅキ自身にも覚えがあった。ただし、ヤッシュと違い、ヒヅキには人族にも似た感情を抱いているのだが……。

「なるほど、あの森はここらの人達の避難場所だもんね、それは早くどうにかしないといけないね。……でも何でここに冒険者が?カムヒの森はここからだと端の方でももう少し東側だけど?」

 ヒヅキの疑問に、ヤッシュは「あぁ」と小さく声を出すと、

「他所の村がいっぱいなんだよ。それで泊まれるところを探してここまで流れてきたようだな。ここからカムヒの森までなら、冒険者の足だとすぐだろうし」

 ヤッシュがそう説明していると、区切りをつけたアートがヤッシュの隣に腰を下ろした。

「何の話?」

「冒険者についてだよ」

「なるほど」

 ヤッシュのそれだけの説明で話の内容を粗方理解したアートは、興味が失せたのか、膝の上に広げた弁当に集中する。

「それにしても、そんなに冒険者が集まってるってことは、結構な額の報償金が掛かってるってことなのかな?」

「まぁ場所が場所だ、今は戦時ではないとはいえ、さっさとどうにかするに越したことはないからな。はっきりとした額は知らんが、国と周辺の村や町が出した報償金を合わせればそれなりの額にはなるみたいだぞ。まぁ、この辺りには村や町を合わせても数えるほどしかないし、元々よそ者の少ない場所だ、各村や町の客の許容人数なんざそう多くはないからな、野宿する奴もいるだろうが、そこら辺を考慮して考えても、冒険者の人数自体はそこそこだろうよ」

 ヤッシュは残りのご飯を一気に掻き込むと、弁当をしまっていた荷物に戻してそのまま立ち上がる。

「さて、日が暮れるまでにこの畑だけでも終わらせておくか!」

 元気よくそう言うと、ヤッシュは休憩前まで耕していた場所まで戻っていく。

 それを見たヒヅキも急いで弁当を空にすると、その後を追うのだった。



「戻ったぞ!」

 扉をくぐると、ヤッシュは家中に響く大きな声でそう告げる。

「おかえりなさい」

 その声に応じる優しげな声とともに、奥から声同様に優しそうな中年の女性が姿を現した。

「ヤト!今戻った!何もなかったか?」

「はい、今日も変わらず平和な一日でした」

「そうか、それはよかった」

 ヤッシュは安心したようにヤトに笑顔を向けると、家の中へと入っていく。

 そのあとに続いてアートとヒヅキも家の中へと入っていく。

 家に帰ると夕御飯の支度がされていて、家中に漂っていたお腹の空く香りがヒヅキ達の鼻腔をくすぐった。

「今日は魚があるんだな!珍しい」

 ヤッシュは机の上に並べられていた料理に、驚きの声をだした。

「はい、頂き物ですが」

 ヤトはそれだけ言うと食事の準備に戻るが、ヒヅキにはそう言ったヤトの表情が珍しくどこか誇らしげなように見えて、何があったのか少しだけだが気になった。それでも、その事についてヒヅキはわざわざヤトに訊くようなことはしなかったが。

 カイルの村周辺には海も無ければ川も存在しない。

 水源自体は村の中に井戸が掘られているが、一番近い水辺は大分北上するしかなく、次に近い水辺は国境を越えなければならなかった。それ故に魚などの海産物はカイル村周辺ではそうそうお目にかかることが出来ない代物しろものであった。

 それが今目の前にあるのである、それも人数分。ヤトの言葉通り譲ってもらったにしても、それは日頃の行いによる賜物だろう。

「それじゃあ冷めないうちに食べようか!」

 そんなことをヒヅキがぼんやりと考えているうちに料理が食卓に並び終わったようで、ヤッシュがそう声を出した。

 その声にヤトやアート、ヒヅキは軽く頷きを返すと、四人は少し俯き、数秒の間目を閉じて感謝の意を示した。

 ヤッシュ、ヤト、アートはどこかで見守っているという神に。しかしヒヅキだけはその神ではなく、自然そのものや巡り合わせに。

 昔はヒヅキも他の三人同様に神に感謝の言葉を捧げていたのだが、今ではそれを行わなくなっていた。

 それは今から十五年程前の出来事が原因だった。

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