記録
8章 「記録」
『アルバムって、これのこと、か。』
ミサトの部屋の本棚。一番高くてミサトの身長じゃ取るのが面倒な位置に置いてあった。
他の本は低い位置にあって、それだけが、ミサトの部屋で疎外感を放っていた。
まるで、ここにあってはいけないかのような違和感。
『あいつ、どれだけ自分の姿見るの嫌がってんだよ。』
呑気に笑う。このときはまだ、なにも知らなかった。
ミサトが一体、過去に何を抱えているのか。
何を隠し、何を守っていたのか。
最初は、10代後半と見られる派手な男女。
ミサトの両親。ミサトは母親に似てる?
ミサトが生まれた頃の写真。
へぇ、ちゃんと笑えてるじゃん。
3歳、4歳、5歳。
純真に、誰かに愛されて育ったことがわかる。
6歳。
おっ?大胆なポーズだなぁ。
左手を右膝に。右手で半袖の左袖を押さえるように添えて。
顔は正面を向いて、でも、真面目腐った真顔で。
ここから先、同じ構図か、肌の露出の少ない服装で、真顔の写真ばかりだ。
13歳過ぎてから、そんなことは無くなっている。
ああ、川瀬家に引き取られたんだな。
あいつは、ミサトは自分の過去、どこで、どのようにして過ごしたか話したがらない。
気づけば、涙ばかりが溢れていた。
ミサト、お前はどうして、何も語ってくれない?
ミサト、お前の苦しみを少しでも分かち合おうとすることが、いけないことか?
涙を拭ってもう一度、アルバムに視線をやる。
『…んっ?』
一枚だけ、半袖でピースサインをした、8つのミサト。
あり得ないぐらい、袖口の肌が変色している。
『えっ?…まさか。』
自分の想像に寒気を覚え、同時に、存在して欲しくないこと、事実ではないといいと思う。
ただ、脳の海馬だけが、存在した事実として認識している。
あれは、確か、ミサトと暮らし始めてそんなに経ってない頃の事だったと思う。
夕方、学校帰りのミサトが何かの薬をカプセルなのに、噛み砕いて飲んでいた。
『ミサト』
気になって、声を掛けるとミサトがその場に崩れこんだ。
慌ててミサトの身体に触れると、とてつもなく熱い。
ミサトの熱は高熱で、ミサトを寝かせ、着替えを用意する。
ミサトには悪いと思いつつ、汗を含んだ服を着替えさせる。
肩口をはだけると、蒼い、本当に蒼いとしかいいようのない、広い範囲の内出血と腫れ。
骨に異常はなさそうだけれど…。
痛々しい。
痛みをあまり与えないように、そっと、湿布を貼ってやる。
熱冷ましを飲ませる。
これで、熱が引かなければ朝になったら、病院に連れていこう。
それにしても、怪我が原因なんだよな。
どうして、隠すんだよ。ミサト。
ミサト、お前にとって俺は頼りにならない存在なのかよ。
『そうだった…。』
ミサトは傷を隠して素知らぬふりして振る舞うような性格だった。
あのあと、熱が下がったからすっかり忘れてた。
ミサト、今、気づいたばっかだけど、さ。
ミサトの過去に何があったか知らないけど、それはミサトが話したくなるまで聞かない。
その代わり、ずっと、俺、白河 周也という存在に守られてろ――――。




