番外編 母親四っ
番外編「母親四っ」
『あいててっ。全く、この足ったら、まともに言うことを聞かない。』
悪態をつきながら、部屋を出る。
シュウには体調が悪いからと伝えた。
誰もいない時間。
シュウはこの春から働きに出ているし、春架は学校のはず。
今のうちにやりたいことをやっておこう。
とりあえず、風呂に入りたいけど。
突然、ふうっと力が抜ける。
仕方ないけど。
危なげなく、壁に寄りかかってやり過ごす。
こういうところは、本職でよかった。
今のあたしは資格の持ち腐れだけど、自分の健康の異変ぐらいはなんとでも対処できる。
慌てずに、安全な体勢でゆっくりと安静にもっていく。
『美里さん?』
声をかけられたのは不意だった。
あたしたちの娘になった春架。
なんだ、春架か。
驚いて損をした。
『ごめんね。手ぇ貸してくれないかな。』
春架の手によってソファーに上がれた。
足に巻かれた包帯を危なげない手つきで巻き取る。
薬を塗る時間だ。
痛々しそうに様子を眺める春架に、あたしがつけた傷だと伝えてみる。
どうしてと聞いてくる。
『あたしがまだ、春架ぐらいの年には働いていたの。
国の制度なんて知らずに引き取られた親戚に濃き使われて逃げたかった。』
逃げるために老夫婦にお涙ちょうだい的に同情誘って逃げてきちゃった。
シュウは何も知らないんだ。
本当に。あたしが、親戚の家で幸せだったと思ってるよ。
苦笑いでそう言うと、春架の表情が変わった。
『私も、そうなるのかなぁ?
おにぃにそう思われちゃう?』
しまったぁ。墓穴掘ったぁ。
仕方ないなぁ、と息を吐く。
そんなことないわ。
あなたはあたしたちの大切な娘だもの。
伝えようと思ってもどんな言葉で伝えたらいいのか。
あたし、伝えられるかしら?
『シュウに話そうと思うんだ。』
あちらの家族もその方がいいと言ってくれてるし、何より、シュウと春架はあたしの愛すべき家族。
春架に誓うわ。
シュウがこれからの未来を幸せになれるように全力を尽くすって。
だから、あなたもあたしたち家族の一員だと思ってほしいよ。
大切なあの人が家族と決めたんだから。
『シュウ、話したいことがあるんだ。
あたしの過去のこと。』
シュウに話そうと決めたんだから。
震える身体を抱いて。
涙ぐましいまでの苦労の日々のこと。
シュウ、ごめんね。
ずっと隠してて。
ずっと言いたかった言葉だった。
だけど、言えなかった。
その言葉を今。
『お母さん。ありがとう。』
春架が真っ先に伝えてきたのは、感謝の言葉だった。
誰よりも大切な従兄にできた家族。
自分を家族と認めてくれる優しい光。
大きな愛に包まれて育っていく。
かけがえのない母親――――。




