番外編 母親二っ
番外編「母親二っ」
『白河さん、奥さんがうちの医院にかかられて一人で帰すのが…。
ええ、場所は…。』
カルテの緊急連絡先にかけておく。
本当はここまでしなくていいけど、彼女の旦那を見たいし、何より、妊婦にとってこの兆候はあまりいいことじゃない。
忠告程度に彼を呼び出した。
話の限りでは常識的でまともな雰囲気だったが。
『あの、さっき、妻がこちらにいると連絡を受けた白河です。』
しっかりした口調だ。
これなら、彼女の旦那としては及第点だろう。
樹と名乗って白河という青年を見る。
仕事場から駆けつけてきたのだろう。
息が上がっている。
『奥さんは大丈夫ですよ。
昔の古傷が開いただけ。』
樹老医師の話は要領を得ないが、とにかく、ミサトは過去に怪我をしていて傷が開いてここに来たようだ。
とりあえず、悪夢を見ていなさそうで良かったと息を吐く。
幸せそうな寝顔だ。
『ありがとうございました。
連絡をくださって助かりました。
ミサトは人に頼ることを知らなくていつも、隠すから。』
いつも、そうだ。
ミサトが開くような古い傷を負っていると知らなかった。
どこだ?
どこに傷を負っているんだ?
とりあえず、連れて帰ってあげてね。
なんて言われたから、ミサトを負ぶって帰る。
『おう、白河じゃねーか。』
声をかけてきたのは高校のクラスメイト。
3年で一緒だったけど。
ミサトと俺の関係を知らない人物。
どうしょうか。
ミサトを負ぶって歩いていたなんて吹聴された日にはどうなるかわからん。
『あれ?負ぶってるのって川瀬?
日陰かよ。』
日陰?
聞き慣れない単語が出てきた。
あれ?知らなかったっけ?
驚き顔をする俺にクラスメイトは知らなかったのならごめん、と謝る。
『日陰って何?』
冗談半分で呼んでいたあだ名の意味を聞かれようとは。
あの、誰も寄せ付けないオーラを放つ川瀬を負ぶって、あたかもそれが当たり前のように振る舞える人間がいるとは。
『川瀬って、2年の途中まで体育の授業とか、まともに受けてなくてさぁ。
いつも、日陰で本読んでるから日陰。』
日陰でいかにも、難しげな本を飽きもせず眺めていたものだ。
確か、サイレントチャイルドについての本だったかな。
誰かがどうして授業をサボるのかってからかいで聞いたら、からだが弱いからって答えだった。
至極退屈そうに、同じ中学の人なら、あたしが病弱で学校に通えずに卒業したことも知ってるよね。
人が傷つくこと言ってそんなに楽しい?
そう問いかけたのだという。
『流石は俺の妻で子供もいる身だ。
気の強さは小さい頃からか。』
言いたいことを言って逃げる。
ああ、早く噂が広まって怒った顔をするミサトを見るのが待ち遠しいや――――。




