番外編 母親
番外編 「母親」
『明日は検診と母親学級があるの。
お友だちができるといいけど。』
春架が寝てしまってから明日の予定を告げる。
春架にはまだ、この事を伝えられずにいるから。
春架はシュウのことは従兄と認められてもまだ、従兄嫁のことは認められないようだ。
まだ、春架に寄り添うのは難しそうだ。
『大丈夫か?一人で行って。
帰りは迎えにいくから。』
いいのよ。どうせ、電車で行くしね。
ミサトは通っていた高校と反対方向の、大学のある方向の病院を選んだ。
だって、高校のクラスメイトに会うの気恥ずかしいから。
わからんでもない理由だが。
『まあったく。パパは心配性ですね。』
クスクス笑いながら声をかけてる姿が似合ってるとか、絶対に言わない。
言ったら、やめるかも知れないし。
ミサトは確かに恵まれた環境で育ってはいない。
だけど、だからこそ俺への愛情に戸惑って逃げる選択肢しかなかったのだとわかる。
逃げて結果として若くして母親になることを決意してくれた。
私は従兄の嫁が何となく嫌だ。
従兄はいきなり意識を取り戻した私の恩人だからなにも言わないけど。
だけど、嫁と仲良くしている従兄は解せない。
だって、幸せそうな笑顔をしているんだもの。
わたしたちは親を亡くした同志でしょう?
『ああ、やだ。傷が…。』
実に冷静にポケットから応急グッズを取り出して手当てする。
こうなってしまえば、かかりつけに行って縫ってもらう必要がある。
あの医者に行くのは3年ぶりぐらいかしら。
最後が高校の体育祭のとき。
最後のフォークダンスまで参加したくて、少し無理をしていた。
全くぅ。無理しちゃって。
あの少女なら、こう言うかな。
『先生、お久しぶりですね。』
懐かしい、おんぼろ診療所。
あたしが青柳から川瀬に引き取られてから幾度となく苛む傷を診てもらっていた。
その老医師は見てくれこそ頼りないが腕はあたしを診てきたどの医者より優秀だ。
『んんっ?美里さん、あんたもしかして。』
ああ、みんなと同じ反応。
もう、慣れたけど。
さて、どうやって返そうか。
『あれ、カルテ見ました?
あたし、白河 美里って言うんです。』
老医師は数刻の間虚空をさ迷った顔をして、面白いように笑い声をあげる。
樹老医師はいつもこんな感じで初めて来たときだってサイレントチャイルドの特徴を色濃く兼ね備えたあたしを見て、こりゃぁまた、べっぴんさんが来たわぁ。と驚いてくれた。
だから、この樹老医師なら、あたしの結婚の話だって愉快に聞いてくれるだろうと思っていた。
『赤ん坊に悪くない薬を使おうね。』
樹老医師は赤ちゃんの週数なんかを尋ねつつ、薬をあれこれ考えあぐねてくれる。
優しい睡眠薬で手を打って点滴で最大限薄めて使ってくれるのもいい。
優しい夢を見れるから――――。




