託す
31章「託す」
『あたしが幸せなのは本当だよ?
今の生活を手放したくないから、だから、巫に戻るつもりはない。』
そう言っていつもしてる癖みたいに髪飾りをいじって見せる。
ピンクの大輪の薔薇のモチーフ。
気づいて。
『そう、あなたにはもう、大切な人がいるのね。
今度、連れていらっしゃいな。』
母の気持ちが嬉しかった。
嬉しくて、同時に悲しくて。
母の元へシュウは連れて来ない。
だって、これから別れを告げに行くから。
『うん、そうだね。半年たったら、連れて来るよ。』
あたしが命を落としたとしてもシュウに会いに来させる。
あたしは果たされることのない約束をしてしまったかもしれない。
母のために優しい嘘をつく。
取り戻した記憶ではわからなかった。
でも、母は長くない。
なんの病気か知らないけどかなりの衰弱が見られる。
少しでも長く生きてほしいから。
『ごめんね。周也、あたしと別れて。』
苦しいよ。シュウにこの言葉を吐くのは。
ああ、あたし、こんなにもシュウを好きになってた。
だけど、生きて戻れなかったらシュウを悲しませる。
お父さんみたいに。
『周也には春架ちゃんがいる。
護ってあげなきゃだめだよ。』
あたしにはこの子が居るから、子どもを残して逝ってしまうことがどれだけ辛いことかわかる。
春架から周也を奪えない。
『うん?』
ミサトがいつもと違う、明らかミサトの趣味じゃない髪飾りを着けている。
あれは、薔薇?
薄いピンクの薔薇。大振りで目立つそれは何かのメッセージじゃないだろうか?
『美里ちゃん、取り敢えず、あたしたちのところに来る?
疲れてるだろうから休まないと。』
さっきから熱が出て赤ら顔をしたあたしを気遣って棗さんは言ってくれる。
解熱剤を飲めなくて微熱のままで動いていた。
そろそろ身体が熱くて動けなくなりそうになっている。
何とかシュウの追及を交わして兄の所で厄介になると告げてマンションを出る。
兄には黙っててあげるとおどけた顔で棗が言った。
口止めする必要がなくなった。
でも、目立ってくる前に決着を着けるのよ、とまだ、太ったとも取れないような薄い腹部を指しながら言う。
棗は美里の最大の理解者だ。
兄にこの事を知られれば激怒することがわかっているから。
怖くて言い出せない。
それほど妹を大事にしてくれている。
だからこそ、髪飾りに託した想いが届くことを祈って眠りにつく――――。




