記憶
29章 「記憶」
『美里、…。美里。』
だれ?あたしの名前を呼ぶのは。
あたし、…。
つい最近感じた身体が小さい感覚。
ああ、失った記憶か。
それにしても、体が熱くて眠い。
『…。美里のことお願いします。
あたしではもう、美里を護ってあげられない。
那祇に申し訳がたちません。』
優しさを孕んだ声。
ねぇ、どうして?どうしてそんなに人を愛せるの?
美里、美里。ごめんね。
こんな身体の弱いお母さんでごめん。
あなたを護ってあげられなくてごめん。
育ててあげられなくてごめん。
涙声から嗚咽へ。
泣かないで。
言いたいのに…。
『こんな、那祇の子どもかもわからない奴ここに置いておけん。』
こわい。こわい。
どうなるの?あたし。
雨。そうか…。
あの人があたしを…。
『はぁっ。』
おぞましい夢を見た。
大人の汚い思考のせいであたしは人として生きられなかったんだ。
思い出しただけで怖い。
シュウ。
悪夢を見るたびにシュウはあたしを抱き締めて大丈夫って言ってくれた。
側にいてよ、会いたいよ。
『優しさを思い出したね。
あと少し、あと少しだよ。』
ねぇ、あたし愛されてた。
だから、あたし同じように家族を大切にするんだ。
たった一人でも、護って見せる。
『あなた、バカね。
あなた一人で守れないってことぐらい記憶を取り戻したならわかるでしょ?』
わかってる。だけど、彼を巻き込みたくない。
あたしの手で決着をつけたい。
ダメよ。あなたの身体に何かあってからでは遅いわ。
行くならあなたがすべてを打ち明けられる人と行きなさい。
覚醒したあたしはまず、服が少しきついと思った。
胸の辺りが大分きつくて鏡であたしが高校生に戻ったのだとわかった。
電話を手にして頼るのは棗さんだ。
川瀬に居たときから、棗さんならすべてを打ち明けられた。
悩みも恋の話も。
あたしがまともでいられるのは棗さんのお陰だ。
『美味しそうなケーキね。』
目の前に置かれたケーキの香りだけでめまいと吐き気に襲われる。
我慢できずにトイレに駆け込む。
ああ、感づかれたかしら?
でも、いいよね。
付き合ってた彼の子だってわかってるから。
『美里ちゃん、まさか、あなた…。』
ああ、社長婦人のリアクションと一緒。
はい、もう慣れきっております。
そして、あたしの見た目は高校生の頃から変わることなく。
だけど、傷口が赤みが残っていて気づけた。
『うん。それで、決着をつけたい。
彼にちゃんと美里の姿で別れを告げたい。』
記憶を取り戻したから、彼のことが好きだから巻き込めない。
お母さんなら、何て言うかな――――。




