嘘でしよ?
27章 「嘘でしょ?」
『曽根さん。お昼一緒にしましょう。』
社長婦人が声をかけてくれる。
ここに女子社員が派遣の美里しかいないから。
『わぁっ。サンドイッチ。
あたし、大好物です。』
サンドイッチを好物だと言ったのには理由がある。
青柳の家で居るとき、食事は3日に1度あるかどうかで食パン一枚と申し訳程度にベビーチーズがひとつだけ。
尚一さんたちに連れられて行った川瀬の屋敷。
振る舞われた料理に慣れないでいるといつも、チキンやチーズ、レタス、トマトにキュウリなどを挟んだサンドイッチの差し入れがあった。
使用人の誰もが口を閉ざしていたけど、あれは尚一さんだった。
以前、棗さんに聞いたことがある。
尚一さんの得意料理はサンドイッチなのだと。
棗さんとの会話も最初はあたしのことばかりだったらしい。
美里が何も食べない。メイドのように働く。
大人に怯えて常に敬語だ。
戸籍に関する手続きのためにあれこれ聞こうと思ったら、本人が手続きに行ってしまった。
そこではおとなぶってきちんとしていたのに文字の読み書きさえできない。
学校に行ってなくてよく書類手続きができたものだと言うと自分でやらないといけなかったからと返してきた。
『あら、嬉しい。
今日は私のお手製よ。』
50代に見えない美人がおどけて言うから面白い。
棗さんみたいだなぁ。
あたしのお母さんとかもこんな感じなのかな。
年が違うけど。
たしか、いまは40代になるはず。
生きていれば。
『よく、小さい子どもの頃にあまり食べられなかったあたしを心配して兄が作ってくれました。
懐かしいです。』
あたかも遠い過去を情景するような口振りで言う。
そんな過去でもないのだけれど。
美味しそう。
そう思ったとき、ここ数日あたしを苛んでいる胃の不調が。
どうして?
『曽根さん、まさか、あなた…。』
思っても見ないことを言われた。
思い当たる節はあった、というか、大有り過ぎてその可能性を否定しない。
否定できない。
大切なものを手にしているんだ。
護らなきゃいけない。
あたしの手で。
『社長には黙っててください。
折を見て自分で。』
こうなったからには、曽根からの紹介と知っている社長には言えない。
それどころか、シュウのことを隠している川瀬、曽根両家には頼れない。
『JSL321機にご搭乗のお客様はチェックインカウンターまでお越しください。』
JSLは日本有数の航空会社だ。
あたしはこれから伊丹空港経由で北海道へ行く。
少しでも涼しく夏を過ごせる方がいい。
きっと、この…。
目立たないほど薄い腹部を見る。
身体にあまり負担はかけたくない。
この事を知ったときは嘘だと何かの間違いだと思ったけど、今では大切にしたい守りたいものだ。
母もそう思って知っている人と離れたのだろうか。あの頃の母の想いを知った――――。




