傷口
25章 「傷口」
『無くした時間を少しでも取り戻せてよかった。』
そういって笑う少女は前に夢で見たより大人っぽくなってて、今のあたしと同じぐらいの年に見える。
無くした時間って?あたし、何を無くしたの?
『あたし、どうして子供になったの?』
一番知りたかったこと。
どこかで燻ってた思い。
あたし、子供になりたかった。
川瀬に引き取られてから、同年代の子供を連れた親子を見るたび燻ってた火が大きくなっていた。
あたしの願いはあなたの望みを叶えること。
意味深に言う彼女の一人称はあたしと同じ。
そして、よく知った誰かに面差しが似ていると思うが、誰だったか思い出せない。
『美里、…。青柳だな?』
尚一さん、もう、とっくに面会時間過ぎてますけど…。
ってか、夜中に女子大生の病室に…。
って、今は小学生か。
『うん。追っ払っといた。
でも、潮時かな。
ここらで川瀬を離れないと尚一さんにも棗さんにも迷惑をかけることになる。』
当てなんてないけど、尚一さんたちを苦しめるわけいかないし。
もともと、あたしは巫の娘だ。
それに、もう、あと数ヵ月もすればあたしは成人して養育権と親権がなくなる。
つまり、自分の判断のなかで生きていける。
もちろん、借りたお金も返す。
巫には戻らない。青柳にも戻らない。
あたしはシュウにも頼らず一人で。
この決意ができなかったから山梨まで来たのに。
あたしは大切なものを守るための決意もできぬ
優柔不断で臆病な人間だ。
明け方になったら、ここを出てしまおう。
あたしは医学を少しかじった学科に在籍しているから、少しだったら動けると判断がつく。
『シュウ、ごめんね。』
暗がりのなか、一人残されたあたしはシュウに何も言わずに去ってしまう罪悪感とシュウへの愛しさでむせび泣いた。
あたし、こんなにもシュウのこと…。
あたし、自分で思ってたほど大人じゃなかった。
『うーん、よし。この服買っちゃおう。
マンションからも荷物は持ち出せたし。』
明け方になって鏡で確認すると中学生の見た目になっていた。
あの少女を夢で見たから年を取ると漠然とわかったが。
とりあえず、逃亡者は北へ向かうの逆をついて、南、陽気な沖縄、那覇市で文化住宅らしきボロいアパートを借りた。
もとの年齢ですんなり通ったことに驚いた。
半袖はあまり当時持ってなかったし、今のだと大人び過ぎて不釣り合いだし。
尚一さんにも知らせない新しい生活が始まる。
期待と不安のなかで古い傷口を隠して――――。




