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紫羅義  作者: 海道 睦月
96/125

その96

「惨霧だ、間違いない。やつと敵の数は確認できた、後は他に変わったことはないか一通り部屋を見て回るだけだ」

 緋備輝は注意深く他の部屋を見て回った。

 そんな中で、巴理無と巴呂無が同時に目を開けた。二人は天井を見つめたまま、周囲の気配を探っていた。

「誰か動き回っている奴がいるな」

「ああ、おかしな動きだ」

 二人は起き上がると外の様子を覗き見て、部屋の内部の様子を探っている緋備輝の姿に気がついた。兄弟は顔を見合せ、無言で頷くと同じ部屋で寝ていた父を起こした。

「親父、侵入者だ、知らない奴が中の様子を調べているぞ」

「なに!」

 巴錘碧は起き上がり、外の様子を見に行った。

「奴は出ていった、裏手の城壁から逃げるつもりだろう。俺は奴を足止めする。お前たちはみんなを起こし、先回りして、城壁の内外に兵を配置し、奴を挟み込め」

 巴錘碧は息子たちにそう指示すると緋備輝を追った。

 緋備輝は城壁の崩れた部分から外の様子を伺っていた。そのとき、背後に異様な気配を感じ、振り返った彼は仰天した。少し離れたところに、自分の頭と同じ大きさの青白い火の玉がユラユラと浮かんでいたのだ。そして、火の玉の向こうには一人の男が立っていた。

「ここに忍び込むとはいい度胸だな」

 火の玉の向こうから巴錘碧が姿を現した。

「だがもう逃げられぬ、己の体を見てみろ」

 巴錘碧に言われ、自分の腕を見た緋備輝は我が目を疑った。

 自分の体から青白い炎がユラユラといくつも立ち上がっていたのだ。

「目立つなあ、どこに隠れてもその炎がお前の居場所を示してくれるぞ。教えてやろう、おれの使う火薬は特別なものでな、低い温度で発火する。熱くはないし、力もないので物は焼けんが、なかなか役にたつぞ」

 巴錘碧は楽しそうに話した。

「そんな火薬があるのか、お前、只者じゃないな」

 緋備輝はそう言った後、声をあげた。

「しまった! おまえ、時間かせぎを!」

 緋備輝が叫んだとき、壁の外から十数人の足音が聞こえ、建物の中からも、十人以上が飛び出してきた。

 緋備輝は壁を登り外へ出たが、頼心は追っ手が走ってくる向こう側にいた。

「頼心、行け!」

 緋備輝が叫ぶと、頼心は嘶き走り去った。

 彼はそのまま林に向かって走り、惨霧軍の三十人ほどがその後を追った。

「林の向こうは川、逃げられまい」

 城壁の中から巴錘碧は追う者たちの後ろ姿を見ていた。

「林の向こうは川なのか」

 振り返るといつの間に来ていたのか、惨霧が立っていた。

「川幅はかなりなもの、中ほどは深く、そして、流れも早いのです。泳いで逃げるのは無理でしょう」

「面白い、追われる者と追う者、川の前でどう戦うのか、俺も行ってみるか」

 巴錘碧から川の状況を聞くと、惨霧は城壁の崩れた部分を軽く飛び越し、疾風のように走り、林に向かった。

 緋備輝は林の中を何の障害物もない平地を行くが如く走り抜け、林から飛び出した。

 林から出ると、すぐ向こうに昇る朝日を照らされた赤黒い川面があった。彼は真っ直ぐ川に向かい、腰まで水に浸かったところで振り返えり、林から飛び出してきた惨霧の軍勢を睨みつけた。

 惨霧の者たちは川縁に横一列になり、剣の柄に手をかけて、袋の鼠だとばかりに緋備輝を見て笑った。

「観念してあがって来い。誰に頼まれて我らのことを調べていたのか、素直に吐けば、惨霧陛下にも慈悲はある。命だけは助かるように頼んでやろう」

 一人が大層な言葉を吐いたとき、後ろから惨霧が前に出てきた。

「お前、桂国軍との戦いのときにいたな」

 惨霧は目を細めながら緋備輝を見た。

「では、こいつは桂国軍の物見ですね」

「そいつはわからんが、間違いないのは、俺たちの味方ではないということだ。さあ、どうするお前たち、ここから先はお前たちに任せるぞ」

 惨霧が首を少し傾け、かったるそうに言うと、兵たちは一斉に剣を抜いた。

「正体がわかったのなら、話を聞くまでもない。冥途に送ってやろう」

 皆は剣を構え、水辺に近づいた。

 緋備輝は大きく息を吸い込むと、両手を腹の前で合わせ、印を結び、息を吐き出しながら何かを唱え始めた。

「なんだ、冥途に旅立つ前のお祈りか?」

 誰かが言うと、惨霧の兵たちは声をあげて笑った。

 その笑い声に同調するかのように川面が波立ち、一本の巨大な水柱が立ち上がり、兵たちは口を開けてそれを見上げた。

 その水柱は形を変え、一匹の巨大な龍となり、朝日を受け、背は赤く、怒りを発しているような姿だった。

「な、何だ、これは?」

 兵たちは動揺し、惨霧も口を開けて龍を見上げていた。

 川面が大きくざわめき、さらに何本もの水柱が立ち上がり、龍の姿へと変わっていった。

 水面から立ち上がり、体を揺らしながら惨霧たちを見下ろす龍は声こそ発しなかったが、彼らの咆哮が大地に降り注ぎ反響して聞こえてくるようであった。

 一匹の水龍が口を大きく開け、人を呑み込むが如く兵たちの間に突っ込むと、水と土くれが、花開くように破裂した。水龍は次々と兵たちに向かって突っ込み、兵たちばかりでなく、惨霧さえも吹き飛ばした。

 数本の水柱がさらに立ち上がると、全てが龍の姿になり、それを見た惨霧はさすがにこりゃたまらんとばかりに逃げ出し、他の兵たちもよろけながら惨霧の後を追って林の中に逃げ込んで行った。

 緋備輝が印を解くと、龍たちは静かに川面に沈んで行き、川は元の姿に戻り、緋備輝の体は川の中に沈んでいった。

 その様子を林の中から巴理無と巴呂無の兄弟が見つめていた。

 彼らは父親の資質を強く受け継いでおり、大局的にものを見て冷静に考え、行動する能力を持っていた。

「奴は潜りながら下流に流れ、城の近くにいる仲間のところにいくはずだ」

「川と距離をとって追い、奴が水から上がるのを待とう」

 二人は木々に隠れながら緋備輝を追って、下流へと向かった。

 頼心は紫羅義たちの元へ戻って来ていた。

「頼心、お前だけか、緋備輝に何かあったのか?」

 紫羅義の問い掛けに頼心は大きく嘶き、こっちだとばかりに、四人に背を向けた。

 背を向けた頼心に向かって羽玖蓮が呟いた。

「頼心、お前……馬にしておくのは惜しいほどいいケツをしているな、まあ、史蘭さんのケツには負けるがな」

 史蘭は無言で羽玖蓮の前に行き、正面に立つと同時に右の拳を繰り出した。

 羽玖蓮はその拳を左手でパシッっと掴み、右手の人差し指を顔の前で振りながら言った。

「おいおい、俺は褒めてるんだぜ」

 それを聞いて、史蘭はニコリと微笑むと、右手から力を抜き、羽玖蓮も手を離した。

「だろ!」

 羽玖蓮が首を傾け、得意げに言ったとたん史蘭の頭突きが彼の眉間に炸裂し、羽玖蓮はよろめきながら額を押え、二、三歩下がり尻餅をついた。

「とにかく、後を付いていきましょう」

 神澪は冷めた目で羽玖蓮を見て、それから自分の馬に跨った。

 四人が頼心の後に付いて川に向かうと、緋備輝が川から上がってきた。

「緋備輝、無事だったか?」

 四人は彼に駆け寄った。

「ああ、大丈夫だ。敵に見かってしまい、逃げ出すのにちょっとばかり「気」を使い過ぎてふらつくが問題ない。あそこはやはり惨霧の根城になっていた。三十人ほどいたが、他は逃げたのか、何処かに行っているのか。それに、恐ろしく頭の切れそうな奴がいた。あんな奴が向こうに付いたとなると油断できんぞ」

 そう話す緋備輝に、頼心は一生懸命に顔を擦り付けた。

「見つかったのならこの辺りに長居するのは危険だ、一旦ここから離れよう」

 紫羅義の言葉に四人は頷き、城のそばから一旦引くことにした。

「奴らが仲間か、国軍ではないようだな」

「戻って親父に知らせよう」

 巴理無と巴呂無の兄弟は、五人の後姿を草の陰から覗き見ていた。

 城に戻ると主だった者が集まっており、二人は皆の前で父親に報告した。

「他に若い奴が四人いたと? 何者だ?」

 息子たちの報告を受けた巴錘碧が口を開くと、一緒に話を聞いていた惨霧が呟いた。

「奴らか……」

「陛下は彼らが何者かご存知なのですか?」

 そばにいた宝徳賢が尋ねた。

「その五人は並みの連中ではない、なんとしても息の根を止めねばならん」

 いつもニヤニヤしている惨霧がめずらしく険しい表情をみせた。

「そうですか、しかし、見つかったとわかった以上、もうこの周辺にはいないでしょう、彼らが桂国軍と合流して戻ってくるまでに、村から食料を奪い、人を確保して敵の来襲に備えましょう」

 巴錘碧は一同を見回した。

「兵を集められるかもしれない」

 夏遼甫が口を開くと、洪殻宝も同意した。

 夏遼甫と洪殻宝は小国である(ねい)という国で軍を率いていたが、嫌気がさし、国を離れ、偶然にも二人は青弧の城で再会した。

 超 隆徹皇帝の治世の元、世の中は安定し、反乱も起こらず平和ではあったが、志芭朝廷の威信も遠く離れた辺境の国までは届かないこともあった。

 小国である寧は国の備蓄を増やし、国力を増大させるために、農民から過酷な搾取をし、時には他国にまで遠征して、盗賊団を装い商人の一行を襲ったり、金持ちの家から金品を略奪するなどの行為を繰り返していた。さすがに自国で略奪行為は行わなかったが、他国ではかなり悪辣な盗賊的行為をしていたのである。

 夏遼甫と洪殻宝も士官として兵を率いる立場であり、盗んだ物を随分と懐に入れたりもしたが、いい加減、そんな寧国軍に身を置いているのに嫌気がさし、国を離れた。

 寧の兵は五百ほどだか、そのうちの二百ほどが略奪に従事していた。

 彼らは野心家で、奪った金品をくすねてそれを賄賂として国王の側近たちに送り、重臣になろうと画策している者や、国王の座さえ奪おうと考えているのではないかというような連中ばかりだった。

「俺たちの仲間だった(きょう)()(こう)という者が将軍としてその軍を率いているはずだ。将来は皇帝の側近と説けば彼らは国を捨てこちらに来るだろう、ここで陛下の力を見せれば皆、その気になるはずだ」

 夏遼甫は寧国の略奪者たちを仲間に引き入れることを提案した。


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