表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫羅義  作者: 海道 睦月
95/125

その95

「人間か、ははは。住み処を乗っ取られないために、人が来る度に威していたわけか」

 惨霧が笑いながら聞くと、男は惨霧の笑いの意味がわからず、一瞬怪訝な顔をみせたが、観念したように話しだした。

「私の名は()(すい)(へき)、あの二人は息子の()()()()()()だ、正体がばれてしまえば、多勢に無勢、戦うのは不利だからな。あんたたちも盗賊の類いだろ。ここは良い場所さ、比較的近いところに町があるし、周囲の村は豊かだ、食べる物や物資には事欠かない。我らは目立たず、必要な物だけをあちらこちらから頂く。家の中から物が盗まれたことさえ気がつかない者もいるだろう。人に追われる危険を冒さず何でも手に入るのさ。だが、頭の悪い盗人共は違う、大騒ぎをして荒らすだけ荒らし、町や村に警戒心を与えてしまう。だからここに来る連中が、ここを根城にしてこの地域に留まらないよう追い払っていたのさ」

「なるほど」

 一同は頷いた。

「そうか、ここはそんなに良い場所なのか」

 惨霧は顎に手を当て、撫で回しながら満足そうな顔をした。

 そんな惨霧を見ながら宝徳賢が思い出しように口を開いた。

「巴錘碧、聞いたことのある名だと思った。確かどこかの国で軍を掌握する立場にあったが、謀反の疑いで国を捨てて逃げ出した者が、そんな名前だった」

「何年も前のことだ。そんな話、思い出したくもない」

 巴錘碧は大きく首を横に振った。

 宝徳賢は惨霧やそこにいた者を巴錘碧に紹介し、そして、尋ねた。

「ここにおられる惨霧様はいつか皇帝になられるお方だ。いや、すでに皇帝を名乗っておられる。貴公の選ぶ道は三つある、その能力、土地勘を活かし、惨霧様に仕えるか、ここから大人しく出ていくか、さもなければ、ここに並ぶ将軍たちに斬られるか、貴公次第だ、どれを選ばれるのか?」

 巴錘碧が二人の息子に目をやると、彼らは小さく頷いた。

「いいでしょう、確かにこのお方は並の者ではないとわかります。今は数十人しかいなくても人は集められる。力を蓄えもう一度返り咲くのも悪くはない、協力しましょう」

 巴錘碧の言葉が終わったとき、外へ逃げ出した者たちが、中を覗き込んだ。

「亡霊などではない、入って来い」

 洪殻宝が呼ぶと、彼らは安心したようにゾロゾロと中へ入ってきた。

 最後に入ってきた者が叫んだ。

「誰かこちらに向かってきます」

「なんだと、桂国軍か?」

 宝徳賢の顔が険しくなった。

「いえ、十人ほどです、国軍の兵ではなく、無頼の者かと思われますが」

「やれやれ、今日は来客が続くな」

 巴錘碧はうんざり顔だった。

「さっそく我らの手下が増えるようですな」

 宝徳賢がそう言うと、惨霧は首を横に振った。

「この親子は使えそうだ。俺が天下に覇を唱えるに足るかどうか、力を見せてやろう。他の者もしっかりと目に焼き付けておけ。運の悪い連中だ、こんなときに来るとはな」

 惨霧は外に向かい、皆はその後に続いた。

 外に出ると、いかにも、という風体の十騎が、かろうじて門と呼べるところを通過して向かってくるところだった。

「お前たちは外へ出ないで中から見ていろ」

 惨霧は城の入り口の、これもまたかろうじて階段と呼べる場所の上に立った。

 無頼の者たちは階段の前で馬を止め叫んだ。

「中に何人いる?」

 惨霧は黙ってニヤニヤしながら無頼の者たちを見下ろしていた。

「てめえ! 口がきけねえのか!」

 無頼の者たちは剣に手をかけて怒鳴った。

 宝徳賢が思わず言葉を洩らした。

「なんちゅう凶悪、凶暴そうな連中だ、あんな連中はいらんわ」

 無頼者たちは階段を登りながら剣を抜き、惨霧に迫った。

 惨霧の体がゆらりと階段を降りたと思ったとたん、腕が鞭のように振られ、三人が目を押さえその場に蹲くまった。驚き、足を止めた無頼の徒の一人に向かって惨霧は瞬時に間合いを詰め、見えないほどの速さでその男の額に手を伸ばすと、三本の指がその男の額を貫き、鮮血が飛び散った。

「なんだ、こいつは!」

 叫んだ別の男が斬りかかり、剣を振り下ろしたが、惨霧の姿は消え、右左を見回した男の首から右手が飛び出てきた。惨霧は後ろからその男の首を手で貫いていた。

 惨霧の右側にいた男が驚きながらもその隙を捉え、剣を前に持ち、体ごと当たるようにして惨霧の体を刺し貫いた。

「くたばりやがれ!」

 男はさらに剣を深く押し込んだ。

 惨霧は男に向かって突き出すように首を伸ばし、ニヤリと笑った。

「わあああ!」

 男は叫び声をあげて剣を離し、後退りした。

 惨霧はわき腹に刺さった剣を抜こうともせず、その男に向かって、右手に男を吊るしたまま歩き始めた。

 城の中で宝徳賢たちはその恐ろしい光景に唖然とし、驚きの顔で外の様子を見ていた。

「なんという凄まじい力だ……彼は人ではなかったのか。しかし、これほどの力があれば、確かに皇帝も夢ではないな」

 巴錘碧は驚きながらも、目を輝かせて惨霧を見ていた。

「先々のために我らの力も見せておいた方がよさそうだ」

 巴錘碧は二人の息子に向かって何やら話しかけた。

 圧倒的な力を目の当たりにした無頼者たちは恐怖で顔がひきつり動けず、惨霧を刺した男は尻餅をついたまま震えていた。

 惨霧は笑いながら男に近づくと、頭部に向かってこれもまた鞭のような廻し蹴りを浴びせかけた。男の首は「ゴキッ」と鈍い音がして、そのまま倒れた。

 その光景を見ていた他の者は我に返り、階段を転げるように逃げ出した。

 彼らが階段を降りきったとき、二つの影が左右から飛び出し、目にも止まらないような速さで次々と脚を斬っていった。

「ほ~、小僧共もやるではないか」

 惨霧が見下ろす階段の下には巴理無と巴呂無が立っていた。

「いかがですかな、うちの息子たちは」

 後ろから巴錘碧が声を掛けた。

「素早く動き回り、敵の脚を斬り、動きを止めます。障害物の多いところや林の中などは最も二人の得意とする場所です。それに、彼らは十七歳ですが、童顔で外見は子どものように見えるので敵は油断するのです。どうです、役にたちそうですか?」

 巴錘碧は得意げに惨霧に話し掛けた。

「そうだな、なかなか頼もしいガキどもだ。後はお前の才がどれほどのものかだな」

 惨霧はそう言うと、転がっている死体と、階段の下で唸っている者をどこかに捨てて来いと部下に命じた。

「じゃあ、中でお前の策を聞こうか」

 惨霧と巴錘碧は城の中に入って行った。

「食料の確保がまず最優先です。人が集まれば食わさなければなりません。しかし、町や村を襲うなど頭の悪い連中のやることです。畑の野菜は引き抜いてしまえば、それで終わりです。しかも、野菜泥棒として追われます。畑を覆って外から見えないようにして、上部だけを収穫すれば、追われることもなく、いくらでも供給することができるのです」

 巴錘碧が何を言っているのか皆はわからず首を傾げたが、宝徳賢だけはすぐにその言葉を理解した。

「なるほど、村を襲うのではなく丸ごと乗っ取り、外界と遮断して、食料を供給させるわけか。小さい村を見付け、見張りをつけて村人を外に出さなければ、役人や軍にもわからないというわけか」

「そうです。追われることもなく安心して食料を手に入れられる。人は町に行って集めましょう、町には無頼の徒はたくさんいますから、彼らを取り込み、彼らの情報の中からさらに輪を広げて人を確保しましょう」

 巴錘碧は、食料と人の確保について語った。

 宝徳賢から惨霧の食料について話を聞くと、彼は驚いたが思い直したように頷いた。

「そうですか、若い娘を確保する方法は考えます」

 巴錘碧の進言に従い適当な村を探すことに決め、傀儡とする村を得るために惨霧の手下たち二十名ほどが北玲の城から散って行った。

 紫羅義たちはそんな北玲の城に向かっていた。

「もう城に入って人を集め、体勢を整え始めているだろうか?」

 馬上の紫羅義が呟くと、神澪は頷いた。

「間違いないでしょう、早くしなければ近隣の村が李志の村と同じような目に遭います。とにかく早く行って、敵の様子を探らなければ。しかし青弧の城のように一望に城を見渡し、様子を探るような場所があるかどうか」

 五人は北玲の城を遠くに見つけ、近づいてしばらく様子を伺っていた。

「ここからでは内部の様子はわからない、動きはないようだが。中に惨霧の軍はいるのか、いるのならば人数はどれほどなのか、あるいは惨霧の軍ではなく、元からここを根城にしている無頼軍団がいるかもしれない、また、それらをすでに惨霧が取り込んでいる可能性もある。とにかく、敵を知らなければ迂闊には行動できない」

 紫羅義は険しい表情で城を睨んだ。

「俺が行く、俺が行って中を調べてくる」

 緋備輝が力強く言った。

 五人は近くで一晩を明かし、夜明けを待って緋備輝が中に忍び込こみ、他の四人は敵に気取られないよう離れた場所で待機することにした。

 さすがに正面からというわけにはいかない、緋備輝は頼心に跨り遠目から城を一周し、外壁の様子を見て回った。

 外壁はあちらこちらが大きく崩れており、裏手に忍び込む適当な大きさの崩れを見つけ、緋備輝は馬を降りた。

「頼心、俺に何かあったらすぐに紫羅義たちのところに戻れ、わかるな」

 その言葉に頼心は首を大きく二回、上下に動かした。

 緋備輝は頼心の顔を両手で撫でながら、城の裏手に広がる林を見ていた。

「あの林の向こうは……」

 緋備輝は林の向こうを見透かすような目で見てから、城壁の崩れた箇所に向かって走り、注意深く中の様子を探ると、内部に入り込んだ。

「馬の数からすると、いるのは三十人ほどか。弓で攻撃した兵の報告では逃げて行ったのは五十騎ほどだと言っていたが。中にいるのは惨霧の軍なのか?」

 緋備輝は建物の中に侵入し、いくつか部屋を見て回った。何処の部屋も数人で雑魚寝であったが、一部屋だけは一人で寝ている者がいた。薄明かりの中、夜目のきく緋備輝は目を凝らしてその男を見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ