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紫羅義  作者: 海道 睦月
89/125

その89

 その頃、惨霧たちにより敗走を余儀無くされた劉比青将軍の率いる桂国軍は城に戻り、青弧城の状況を国王に報告していた。

「なんということだ、劉比青将軍ほどの者が戦いに敗れ、青弧城を奪われるとは!」

 国王は絶句し、そして決断した。

「兵を集結させよ、なんとしても、惨霧と奴の率いる盗賊団を殲滅させるのだ」

 近隣の太守に兵の動員令を下し、桂の城には八百ほどの兵が集まった。国王は劉比青将軍に兵を率い、今一度、青弧に向かうように命じ、準備が整った四百騎が劉比青に率いられて先発し、残りの四百騎は準備が整い次第、劉比青の後を追うことになった。

 一方、惨霧の元にも次々と人が集まり、その数は五百を超え、元からいた兵と合わせて、その総勢は七百にもなろうとしていた。

「陛下、これだけの人数が集まったのです。軍として機能させ、中央に進出しましょう、まず桂の城を手中に納め、人数を集めた後、志芭に向けて進軍を開始するのです、陛下の力をもってすれば、志芭の地で皇帝に名乗りをあげるのは難しいことではありません」

 宝徳賢は惨霧に媚びるような物言いで進言した。

 彼は志芭の朝廷に遣えていたが、追われるように国を捨て、流れ流れて桂の国にたどり着いた。才はあったが、人心をかえりみない政策を次々と進言し、朝廷から疎まれ、居場所がなくなったのである。

 朝廷のためと思い進言した政策の全てが受け入れられず、彼は恨みを抱きながら国を捨てた。そして惨霧の噂を聞きつけ、彼の力を利用し、朝廷に復讐しようと入り込んできたのだ。

「それも面白いか、よし、お前を総参謀長とする。軍の構成はお前に任せる」

 惨霧は宝徳賢を軍の責任者に指名した。

「は、お任せ下さい」

 宝徳賢はその場に平伏した。

 宝徳賢は惨霧を担ぎ上げ、その力を背景に自分が志芭の国に君臨する姿を思い描いていた。圧倒的な力はある、だが、世の中を知らない、彼の目には惨霧がそう映っていた。うまく操縦すれば、こんな都合のよい相手はいない、虎の威を借り、さらにその虎を操ろうとした。宝徳賢の才と弁をもってすれば十分に可能なことではあったが、それは「人」に通用する思惑であった。

 宝徳賢はわかってはいなかった、惨霧は「人」ではなく、その思考は彼の考えのはるか外にあることを。

 宝徳賢は惨霧にまめまめしく遣え、その力を背景に、手下たちの筆頭に立ち、バラバラだった者たちに号令をかけ、軍規を設け、軍の構成を開始した。

 彼は一人一人と相対し、軍を率いる将軍を決めることにした。そんな中で(もう)(さい)(しん)と、軍を率いた経験のある(こう)(かく)(ほう)(しゅう)(かく)(じゅん)()(りょう)()という面々と出会った。

 宝徳賢が最初に目に留めたのが孟崔申であった。一目見て、この男は並みの者ではないことに気がついた。

「このような者がなぜここにいるのだ?」

 宝徳賢は孟崔申に軍を率いる筆頭の将軍になってはくれまいかと頼んだ。

「うまい物も、贅沢な暮らしも興味はない。俺が求めるのは強い者との戦いのみ。ここにいれば戦いには事欠かない、だからここに来たのだ。群れて行動するのは好きではない、せっかくの話しだが遠慮しておこう」

 孟崔申は宝徳賢の申し出を、あっさりと断った。

「この男、過去によほどの何かがあったのだろう、しかし、いくら強くても、一匹狼を気取る輩には軍を率いるのは無理だ」

 宝徳賢は孟崔申を将軍にするのは諦め、洪殻宝、周赫荀、夏遼甫を惨霧皇帝の名において将軍に任命した。

 軍を三つに分け、三人の将軍にそれぞれの軍を率いさせることにし、彼らの指導の元、練兵を開始した。軍と呼べるものが動き出し、桂の城に進軍する準備は整いつつあった。

 そんな青弧城に劉比青将軍率いる桂の軍は向かっていた。

 宝徳賢は気になることがあった。村に食料調達に出た者たちが戻ってきていない。

 鋭い剣を使う五人組に略奪を阻止されたのは知っていたが、その者たちは小屋の中で焼死したと聞いていたし、他に数十人の一団を叩く勢力があるとも思えない。所詮は根無草の盗賊共、そのまま何処かへ流れて行ったのだろうとも思ったが、百人近くが一人として戻ってきてはいない。これはいくらなんでもおかしいと思い、物見の兵を出すことにした。

 紫羅義たちは小高い山の上から青弧城を見下ろしていた。城に続く南東、南西側の道から、一人、あるいは、複数の人間が門を叩き中に入って行った。ときには、数十騎の一団が入っていくこともあった。

「これだけの人間が動き始めると、迂闊に動くわけにはいかないな」

 紫羅義の言葉に一行は無言で頷いた。

 そのうち、十数騎が城から出て二手に別れ、二本の道に消えていった。

「略奪集団が出てこなくなりました。城の中で何かが大きく変わりつつあるのかもしれません。今出て行ったあの十数騎は周囲を調べに出た物見の者でしょう。ここは一旦引きましょう」

 神澪の言葉に従い、五人は城から一旦離れ、李志村に戻ることにした。

 村人や長は彼らを笑顔で迎え、姚秀麗も嬉しそうに出迎えた。

「よう戻られた、ご無事な姿を見て安心いたしました」

 長は戦いに出向いた若者が無事に戻ってきたことを喜んだ。

 五人が村に着いた頃、青弧城から東に向かって馬を走らせていた物見の者は丘の上に立ち、遥か遠くの土煙を見つめていた。

「この方向から真っ直ぐこちらに向かって来るということは、青弧城奪回を目指す桂国の軍勢か?」

 彼は直ぐに城に戻って宝徳賢に報告した。

「桂の国軍らしき軍勢がこちらに向かってくるとのこと、数は三百から四百騎、その程度の数ならば、門を固く閉ざして戦えば我らの勝利は間違いありません」

 宝徳賢は惨霧にそう進言したが、惨霧は皇帝軍の威を示すために出撃し、敵を迎え撃てと命じた。

 彼は兵力の温存など全く考えてはいないのだ、敵が城の壁と戦っても面白くはない、人間同士が肉迫して戦かわねば満足しない。好戦的、殺戮好きな惨霧は、戦いの行方を聞き、己の血がたぎったところで自らが出向き、戦いの中に身を置きたいと考えていた。

 軍勢を出撃させる名目は威を示すためだが、彼の本音は違うところにあった。

「敵が四百ならこちらも四百で出ろ! お前たちは無敵の皇帝軍だ、同数で撃ち破ってこそ、歴史にその名を刻むことができるのだ」

 惨霧が激を飛ばすと、兵たちの目つきがみるみる変わっていった。

 惨霧は戦いに臨む者たちに再び暗示をかけたのだ。

 出撃する軍は練兵を開始したばかりであり、とても桂国軍に太刀打ちできるとは思えず、全滅する可能性が高いと、宝徳賢は城から出て迎え撃つことを見合わせるように進言しようとした。だが、惨霧に引き込まれた兵たちの目はすでに尋常ではなく、彼は出かかった言葉を呑み込んだ。

 惨霧皇帝軍は洪殻宝将軍と周赫荀将軍に四百の兵を与え、彼らは桂国軍を迎え撃つために青弧城を後にした。

 劉比青将軍の率いる桂国軍は、城の手前に陣を張り、後続の部隊が到着するのを待っていたが、そこへ斥候が戻り報告した。

「四百騎ほどの軍がこちらに向かってきます」

「なに! この先から来るということは、青弧城から出た惨霧軍か」

 斥候の報告に劉比青は険しい顔で前方を睨んだ。

 その先には比較的広い荒れ地があり、左手には林が遥か遠くまで続いていた。

「敵をあそこで迎え撃つ。半数はあの林に潜み、合図をしたら矢を射かけ、そのまま敵の側面に突っ込め。急げ、敵はすぐそこまで迫っているぞ」

 劉比青は渋い顔で部下に命じた。

 国軍を率いる彼としては、盗賊相手に伏兵を置くなどという策は実行したくはなかったのだ。しかし、惨霧という存在がいる以上、今はそんなことを言っている場合ではないことを劉比青は理解していた。

 桂国軍は劉比青の号令の元、駆け出し、林の前まで来ると、半数は林の中に飛び込み、残りは隊列を組み、敵が現れるのを待った。

 隊列を組み、待ち構える桂国軍の前方に、惨霧軍が姿を現し、二将軍率いる惨霧軍は自信と余裕をみせながら、桂国軍に近づいて行き、両軍は相対した。

「惨霧皇帝陛下に謀反を企む者たちよ、我らが成敗してくれる!」

 惨霧の暗示にかかった将軍と、その部下たちは自分たちが正規の皇帝軍であり、無敵だと思い込んでいた。

「どうやら惨霧はいないようだ」

 劉比青は敵軍を見回し、林の中に潜む部下に手を上げて合図を送った。

 林の中に潜んでいた部下たちは一斉に飛び出し、惨霧軍に向かって数回にわたり矢を射かけ、敵が怯むとみるや、雄叫びを上げ側面に突入した。

 惨霧軍が側面に現れた伏兵に気をとられたとき、その機を逃さず、正面にいた桂国軍も惨霧軍に突っ込んだ。

 劉比青は周赫荀将軍を一刀の元に斬り捨て、そのまま敵の中に駆け込んでいった。

 矢の攻撃により多くの兵を失い、側面と正面からの攻撃を受け、惨霧軍は総崩れとなり、洪殻宝将軍に率いられたわずか数十騎だけがなんとか青弧城まで逃げ戻った。

 戻って来た洪殻宝から報告を受けた宝徳賢は、ガックリと肩を落とした。

 この事態を惨霧に報告しなければならない。彼はその場から走って逃げ出したい気持ちになったが、城から出て迎え撃てと命令したのは自分ではないと思い直して、惨霧にありのままを報告することにした。


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