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紫羅義  作者: 海道 睦月
87/125

その87

「皇帝軍だって?」

 紫羅義たちの頭の中では皇帝と呼ぶものは一人しかいない。その皇帝の軍がここまで来て略奪をするわけはない。

「惨霧はすでに皇帝と名乗っているのか。奴らはこの村にもやって来るかもしれない、いや、きっと来る、ここで待とう」

 その村は(ほう)(しん)(むら)といい、紫羅義たちはその村で惨霧の手下が来るのを待つことにした。

「この村は我らが守る」

 紫羅義は村人にそう言い聞かせ、何処か自分たちのねぐらになる場所はないかと尋ねた。

「あそこに空き家があります。人と交わることを好まない変わり者が一人で山の木を切り出して建てた家ですが、いつの間にかその男はいなくなり、もう何年も空き家になっています。あそこを使ってはいかがですか?」

 村人の一人が指さす方を見ると、田の向こうの荒れ地が続く中、遠くに見える林の手前に一軒の家があった。

 行ってみると、林の木で造られたと思われるその家はもう何年も放置されている様子であり、ボロボロだったが、雨、風は十分に凌げるし、中は五人が十分に寝られる広さがあり釜戸もあったので、一行はその家をしばしのねぐらにすることにした。

 家の中には仏様であろうと思われる彫り物が数十体も置いてあり、ここにいた男が人と交わらず、日々、ここでそれらを彫っていたのだろうという様子が伺われた。

「これは……強い想いを込めながら彫ったのだろう。削り方は荒いが、どの仏からも魂の叫びが聞こえてくるようだ」

 仏を見ながら呟く羽玖蓮はめずらしく真剣な表情であった。彼はその仏であろうと思われる彫り物から言葉に表せない何かを感じ取っていた。

「ここなら騎馬の一団が村に近づけばすぐにわかる」

 紫羅義の言葉に四人は頷き、その家から村を見張ることにした。

 交代で窓から村を見張って五日目、村を見ていた緋備輝が叫んだ。

「土煙だ、騎馬の一団が村に向かっているぞ」

 五人は家から飛び出し、馬に飛び乗って村に向かって駆けた。

 村人たちは迫る騎馬の一団に気付き、身一つで逃げ出すところだった。

 三十騎はいるであろう騎馬の一団は村の入り口で馬を止めて周囲を見回すと、馬から降りて村の中に入り込んできた。

 紫羅義たち五人は村に到着し、盗賊らしき一団の行く手を遮った。

「何者だ、お前たちは? この村の者とは思えぬが」

 頭らしい男は訝しげに馬上の五人を見回した。

「この村に世話になっている旅の者だ、近隣の村で野盗が出没すると聞いて、この村を守るためにここに留まっていた。あなた方はこの村に何用でまいられたのかな?」

 紫羅義は馬を降り、頭の前に立って尋ねた。

「何の用だと? 俺たちが鍋でも借りに来たように見えるのか?」

 頭の言葉に後ろにいる者たちは、こりゃ愉快だとばかりに声をあげて笑った。

「我らは惨霧皇帝陛下に仕える者だ。陛下の命により、この村の食料を徴収しに来たのだ。誰であろうと邪魔する者は許さん」

 頭が大層な言葉を並べると、その後ろにいた一人が背を伸ばしながら叫んだ。

「女も徴収するぞぉ!」

 その言葉に一同はまた下卑た笑い声をあげた。

「惨霧皇帝陛下だと? いつから略奪集団の親玉を皇帝などと呼ぶようになったんだ」

 紫羅義は吐き出すように言ながら頭を睨み付けた。

「小僧、命が要らないようだな」

 頭がそう言うと、後ろで笑っていた連中の顔が険しくなった。

「隣の村を襲ったのもお前たちだろう。どうしようってんだ、お日様もまともに見ることができないような土竜野郎が、俺たちを斬ろうとでもいうのか?」

 羽玖蓮は盗人集団を挑発するような言葉を吐きながら馬を降りた。

「なんだと!」

 羽玖蓮の言葉に盗人集団は一斉に剣を抜き、神澪たちも馬を降りて身構えた。

「こいつらを斬れ。女だけは捕らよ、連れて帰る」

 頭が命じると、手下たちは剣を振り上げて五人に飛び掛かった。

 紫羅義と羽玖蓮は一歩踏み出すと剣を抜き、飛び掛かってきた数人を一瞬にして斬り倒した。

「己の欲のために村人たちの命を奪うお前らに、かける情けなど微塵もない!」

 紫羅義が頭に向かって剣を伸ばすと、他の四人も彼の横に並び、剣を構えた。

 紫羅義と羽玖蓮の剣に頭は度胆を抜かれたが、直ぐに思い直したように手下に向かって叫んだ。

「斬れ! 全員で掛れ!」

 手下たちは一斉に斬り掛ったが、紫羅義と羽玖蓮の操る風狼天翔の剣と雲竜天舞の剣は風を呼び、唸りをあげて舞い、次々と盗賊たちを倒していった。

 後に続く神澪と史蘭は幼い頃より剣を玩具のように持ち、緋備輝は物心つく頃から敵を倒す技と術を修行してきた。勢いだけで剣の扱いも満足に知らない盗賊集団では彼らにかすり傷一つ負わせることはできなかった。

 盗賊たちは頭を倒され、瞬く間に半数以上が斬られ、慌てて逃げ出していった。

 彼らは馬に飛び乗って全速で逃げて行き、後には緋備輝に首根っこを掴まれた一人の男だけが取り残された。

 紫羅義たちはその男から、惨霧のことや集まった人数を聞き出した。

 紫羅義は聞きたくはないが、どうしても聞かなければならないことを最後に尋ねた。

「連れ去った娘たちはどうした?」

 盗賊たちが女を連れ去る理由は一つであり、普通なら聞くまでもないことなのだが、紫羅義はその理由を問いたださずにはいられなかった。

「若い娘は全て惨霧皇帝陛下に献上する」

 男は娘の話になると落ち着きがなくなった。

「献上された娘はその後どうなる、皇帝の妃になるのか?」

 さらに問いただすと男は無言になった。

 史蘭は剣を抜き、その剣で男の顎を持ち上げた。

「おい、喋った方がいいぞ、この女はほんとに斬るぞ。男の命など虫けら同然と思っているような冷酷無比な女だからな」

 羽玖蓮が言い終わったとき、剣が微かに動き、男の顎が少し切れた。

 男を見下ろしていた羽玖蓮が上目遣いに史蘭を見ると、彼女は獲物を狙う虎のような目で羽玖蓮を睨み付けていた。

「早く、話せ!」

 羽玖蓮は後ろに退きながら男に向かって叫んだ。

「数日前、皇帝の命令でいくつかの死体を捨てに行った。俺たちが村から連れてきた娘のものだった。どの死体の首も野犬に食いやぶらたように……俺が知っているのはそれだけだ。皇帝が何をしているかなんて、知らないし、知りたくもない。良い思いができると聞いたから手下になっただけだ!」

 男は史蘭の剣で首を伸ばされたまま、自棄になったように言葉を吐き出した。

「やはり娘を連れ去るのは……惨霧の糧にするためだったか」

 紫羅義は目を閉じ、拳を強く握り締めた。

「何処へでも好きなところへ行くがよい、ただし、惨霧の元へ戻っても我らに全てを話したお前の命はないだろう」

 そう言いながら、史蘭は剣を納めた。

 男は立ち上がると、そこから一目散に逃げていった。

「早く惨霧を倒さなければ大変なことになる」

 紫羅義は逃げる男の背を見ながら険しい表情で呟いた。

「あの男の話が本当ならば城の中にいる敵の数は約三百、しかも、惨霧のことを聞いて、無頼の者が集まりだしているかもしれません。五人ではとても無理でしょう」

 神澪も逃げる男の背を冷めた目で見ていた。

「どうするんだ? 手が出ないからって、あんな奴らを放っておくのか!」

 羽玖蓮が憮然とした顔つきで神澪に食い下がった。

「城の中では手が出ないと言ったのです。村を襲うために出てくる連中の後をつけ、城から離れたところで各個を殲滅してゆきましょう、村人も守れるし、敵の数を大幅に減らすことができます。それと、この事態を桂の国王に知らせて国軍を動かさなければ。史瑛夏将軍に助けを求めたいところですがこの国の面目もあるでしょう、なんとかこの事態を国王に伝えなければ」

 神澪の言葉に他の四人は頷いた。

 村人が出向いて注進したとしても国王がそれを信じて軍を動かす望みは薄く、紫羅義たちは折を見て城まで走ろうと相談したが、このとき、既に桂国軍は惨霧軍と交戦し、敗走した後だったのである。

 五人は明朝、青弧城に向かって出発することを決め、一旦、借家に引き上げたが、それを見張っている者がいた。

 叩き伏せられた惨霧の手下たちは、他の村を襲いに行った仲間の元に向かって駆けていたが、このまま逃げていったのではあまりに不甲斐ない、せめて、奴らの居場所だけでも確かめておこうと三人が戻り、様子を伺っていた。

 遠くから小屋に入った五人を見て、見張っていた一人が仲間の元に知らせに走った。

 他の村を襲おうとしていた別の一団は邦信村の話を聞いて息巻いていた。

「そいつらを叩き斬れ!」

 だが、その一団を率いていた頭は腕を組んで顔をしかめた。

「そいつらを見逃すわけにはいかない、しかし、それほどの腕を持つ者たちと真っ向から戦えばこちらもどれほどの者が倒されるかわからない。とにかく、探りに行った者の話を聞いてからだ」

 紫羅義たちの居場所を突き止めた者が戻り、状況を聞いた頭は腕を組んで考え込んだ。

「よし、油を集めろ!」

 頭は村を襲わせ、油を集めた。

 日が暮れかけた頃、惨霧の手下たちは五人を見張っていた者のところに到着した。

「どうだ、様子は?」

「奴らは小屋の中に入ったままです」

 頭の問いかけに見張りの男が答えた。

「よし、夜明けまで待って小屋に火を放つ。暗くなる前に枯れ草を集めておけ」

 頭は枯れ草を集めるように命じ、集まると襲撃の段取りを手下に説明した。

 辺りは夜の闇に包まれ、紫羅義たち五人は戦いの疲れもあり、交代で見張りることも忘れて眠ってしまった。

「史蘭、起きるのです、史蘭!」

 自分を呼ぶ声に史蘭は目を開けた。

 体を起こすと、そこには翅苑が立っていた。


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