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紫羅義  作者: 海道 睦月
84/125

その84

 一行はまた馬を連ね街道を進み始めた。

「水を操れるのか、あれも那岐の村に伝わる技か?」

「そうだ、俺は幼い頃よりずっと川と対話しながら暮らしてきた。そして、自分の気を高め、水を自由に操れるようになったのだ。その力で家をぶっ潰してしまったがな」

 紫羅義が尋ねると、緋備輝は街道から離れ、遠くなりつつある川を名残惜しいような顔で見ながら答えた。

「ところで、次の町まではかなり遠いと聞いたのですが」

「また野宿か、あ~あ」

 神澪の言葉に羽玖蓮がため息をついた。

 日も暮れかかった頃、何軒かの民家が見え、近づくと、民家の向こうに荒れ果てた寺があった。誰もいないようなので、夜露さえ凌げればと、一行は、そこで夜明かしすることにした。

 皆が寝静まった頃、史蘭は起き上がり、寝ていた部屋から少し離れた所にある短い廊下に禅を組むように座った。

 胸の前で印を結び、しばらく何やら唱えると闇に向かって話し掛けた。

「姿を現しなさい。そこにいるのはわかっています」

 闇に向かって呼び掛けると、そこに一つの白い影が浮かびあがり、それは、史蘭に近づいていった。

「ずっと紫羅義殿についてきていましたね、あの方に何か怨みでもあるのですか?」

 史蘭は白い影に語り掛けた。

「いいえ、怨みなどありません」

 小さく、闇に共鳴するような声が聞こえ、白い影は女の姿になった。

「では、なぜ、現世に留まり、紫羅義殿にとり憑くのです」

 史蘭は微動だにせず静かな口調で女に尋ねた。

「わたしは魏嵐皇帝に惨殺された者の一人です」

 女はさらに史蘭に近づき、彼女の前に立った。

「魏嵐……父から聞いたことがあります。志芭王朝を簒奪した悪しき皇帝であり、隆斗様のお父上と私の父や正義の志を持つ士たちがともに戦い、倒した者ですね」 史蘭の言葉に女は小さく頷き、寂しげな顔で語りだした。

「魏嵐に命を奪われた我らは怨霊となって彼にとり憑き、復讐の機を伺っていました。紫羅義殿が立ち上がり、魏嵐を倒す時、我らも手を貸したのです。魏嵐は討たれ、怨みの相手がいなくなり、皆の魂は天に帰って行きました。でも、私の怨念は強すぎたのです、それゆえ、天には昇れず、現世に留まり、彷徨っていました。紫羅義殿が天寿を全うし、天に昇る時、彼の魂を見送りました。私もあの方と一緒に行きたかった」

 声を震わせながら吐き出す悲痛な訴えを聞いて、史蘭は辛そうに胸を押さえた。

「そうでしたか、魏嵐との最後の戦いの時、空を覆いつくす鴉の群れが力を貸したと聞きました。あなた方だったのですね。でも、なぜ、今、隆斗様の後を追うのですか?」

 史蘭は再びそのことを尋ねた。

「彼は青弧の地に向かっています。そこには恐るべき力を持った者がいるのです。私は彼を見守りたいと思い、ついてきたのです。魏嵐への怨念が強い時は誰にでもこの姿を見せることができました。でも、今は誰からも見ることも、気づいてもらうこともできません、あなたに話せて良かった」

 そう答えると女はまた白い影に戻り、闇夜に吸い込まれるように消えていった。

「あなたの名は?」

()(えん)

 史蘭が尋ねると、闇の中からかすかに声が聞こえた。

「なんと哀れな」

 史蘭は印を解くと、悲しげに闇を見つめ、しばらく何かを考え込んでいたが、やがて立ち上がり自分の寝床に戻っていった。

 紫羅義一行が青弧に近づきつつある頃、惨霧は部下となった兵を集め、尋ねた。

「己の欲望のままに動くような連中が集まっているところはないか?」

「この町から、街道とは別に、北に向かう道があります。北の山の向こうに盗賊の根城があり、奴等は小さい町や村を襲うことはなく、富豪や金目の品を持った商人の一行を襲うのです。最近、北の山向こうに移動してきてそこを根城にしたのですが、数が多く、なかなかの強者揃いとの話で、我らだけでは手が出せず、桂の国の軍に出動を要請しようとしていたところです」

 今では惨霧の手下となった青弧城の兵士が答えた。

「そりゃ面白い、俺は元の力を取り戻した。もうこの町に用は無い、その連中を手下にしに行くとするか」

 惨霧は北の山を見上げた。

 惨霧と彼に従う五人は北の山の向こうにある盗賊団の根城を目指して進み始め、その数日後、三十騎を率いた武真郭が封軒の町に到着した。

 町に動くものは無く、あちこちに遺体が転がっており、町の中を進んでいくと子供が隠れるのが見えた。

「怖がらなくてもいい、我らはお前たちを襲った者を倒しに来たのだ」

 武真郭は隠れている子供に向かって優しく話し掛けた。

「でも、おじさんと同じ格好をした兵がみんなを襲ったんだよ」

 子供は恐怖に引き攣った顔を覗かせ、馬上の武真郭を見上げた。

「なに!」

 武真郭は愕然とした。

「そうか、惨霧に魂を売り渡し、奴に従った者たちがいたのか。戻らなかった者の中には己の意志でそこに残った者がいたのか」

 武真郭は複雑な表情で自分の周りにいる兵たちを見回した。

「他の者はどうしたのだ?」

 武真郭に聞かれると子供は震えだし、途切れ途切れに話しだした。

「赤い女の着物を着た男と、五人の兵隊がやってきて、みんなを襲い、ここに居座った。戦った人もいたけど、みんな殺された。その後も赤い着物の男は次々と人を襲い、みんな逃げ出した。おいらは怖くてずっと隠れていたんだ」

 そこまで言うと、子供は泣き出して言葉が出なかった。

「そうか、そいつらは、どっちへ行った?」

 武真郭が尋ねると、子供は泣きながら山を指差した。

「今はおまえの親を捜してやる余裕がない、すまん」

 子供に食べる物を与え、武真郭は山に続く道に向かい進みだした。

 武真郭の率いる三十騎は惨霧を追って山の中に入って行ったが、このとき、すでに惨霧は五十名に近い盗賊団を自分の手下にしていた。

 惨霧は目指す盗賊たちの根城を探し当て近づいて行くと、何軒かの廃屋のような小屋から、どう見ても人間社会の中に身の置き所のないといった連中が剣を手に集まってきた。彼らが剣を抜いて出てくるのは当然のことである、赤い着物の惨霧の後ろにいる五人は城兵の鎧を身に纏っているのだ。

「なんだお前たちは、六人で俺たちを捕らえにきたのか、隊長は女物の赤い鎧か」

警戒し、険しい顔をしていた盗賊たちはその一言に大笑いした。

「いいね~こういう連中は。一番役にたちそうだ、俺の餌集めに」

 惨霧は呟いた。

「こいつらはもう城の兵ではない、俺の手下だ。で、お前たちも俺の手下になってもらう、親玉はどいつだ?」

「何をふざけたことを!」

 惨霧の横柄な態度と言葉に、盗賊たちから笑いが消えた。そして、一人の男が前に出てきた。

「俺が頭目だが、お前たちはここに死ぬために来たらしいな」

 男は馬上の惨霧を睨みつけた。

「お前が頭目か、駄目だな。お前ではこの連中に良い思いはさせてやれん、度胸もなさそうだしな」

 惨霧は馬から降りると頭目の前に立ち、頭から足先迄を眺め、見下げるような言葉を吐いた。

「なんだと!」

 頭目は怒りを顕にして剣を抜いた。

「俺が斬れるのか、いいぞ、その剣で俺の胸を突いてみろ。お前にそんな度胸があるというのならな」

 惨霧の言葉が終わらないうちに頭目は彼の胸を剣で刺し貫いた。

「ふざけた口を聞くんじゃねえぜ、思い知ったか」

 頭目は剣を両手で持ち、さらに深く押し込んだ。

 周りの盗賊たちは歓声をあげたが、惨霧の後ろにいた五人は冷ややかな目で、その光景を馬上から見下ろしていた。彼らには次に何が起きるのかがわかっていたのだ。

 頭目は剣を抜こうとしたが抜けず、惨霧の顔を見て驚き、思わず後ろに下がった。惨霧は頭目の顔を見ながら、歯を剥き出して笑っていたのだ。

「おい、剣を貸せ」

 惨霧の言葉に、後ろにいた一人が馬から飛び降り剣を手渡すと、惨霧はスタスタと歩き、頭目の胸をまるで豆腐でも刺すように剣で貫いた。

 頭目は自分の胸に刺さった剣を見て、惨霧の顔を見ると、そのまま倒れた。

「これからどうするんだお前たちは。盗賊とやらで、こそこそと生きるのか。俺の力はわかっただろう、俺はこの地上の主となる、力のある者がこの世を支配する、良い思いがしたければおれの手下になれ、無理にとは言わんがな」

 惨霧はそう言いながら自分の胸に刺さる剣を引き抜いた。

 盗賊たちには己の信条や信念などあるはずもなく、世間からはみ出した者や、太く短く楽しくと、そんな考えを持った者たちの集団であり、頭目との間に信頼関係があったわけでもない。力が強く、良い思いをさせてくれる者ならば従う者は誰でもよいのだ、力ある者が現れればすぐに鞍替えする。今まさにその力ある者が目の前に現れた。

「あなた様に従います」

 盗賊たちは惨霧を新しい頭目として認めた。

 手下になった盗賊の一人が惨霧に教えた。

「ここから東に向かった(しん)(りょう)というところに(さい)(かく)(れい)という者が率いる一団がいます。盗賊とは違いますが、なんでも今の王朝に反目し、力のある者を集め、いつか反旗を翻そうとしているとか。その数は五百を数え、うちの頭目は、そこに身を寄せることも考えていたようです。金持ちや商人たちは我らを恐れ、人を雇って警備を強化し、国王も本腰を入れて我らを追いかけ始める様子なので、仕事がうまくいかなくなっていたし、先行きに不安があったもんで」

 彼の言葉に惨霧は首を傾げた。

「王朝、王朝とはなんだ? 国王とは違うのか? 人間社会のことはだいたいわかるが、俺が眠りにつく前には王朝などというものはなかったぞ」

「やはり惨霧様は人間ではないのですね」

 惨霧の言葉に、盗賊たちは驚いた様子だった。

「当たり前だ、人間が胸に剣を刺したまま歩けると思うのか」

 惨霧はせせら笑った。そして、城の兵から彼の手下になった五人に、今の王朝のことや、その歴史を聞いた。

「なるほど皇帝か、ならば俺がその皇帝になってやろう」

 惨霧はあっさりとそんな言葉を口にし、崔郭霊の持つ五百を治め、さらに太守がいる青弧の城を攻めて、そこを根城にすることを決めた。

 その数日後、武真郭の率いる三十騎が惨霧を新しい頭目とした盗賊たちの根城に到着した。武真郭は離れたところから盗賊たちの様子を伺った。向こうの数はこちらより多いうえに、得体の知れない力を持った者までいるかもしれないのだ、迂闊に仕掛けるわけにはいかない。しばらく様子を探っていると赤い着物が目に入った。

「やはり、盗賊共を手下にしたか」

 武真郭は一旦距離をとり、夜明けまで待つことにし、数名の部下を見張りとして残し、離れた場所で夜が明けるのを待った。

 夜明けが近づき、辺りが薄明かるくなってきたとき、武真郭たちは行動を開始した。

 見張りの兵の元のまで進み、様子を聞くと、何人かが外で見張っており、惨霧を含め、他の者は小屋の中に入ったまま出てきてはいないと言う。

「見張りを片付けたら、俺が惨霧の寝ている小屋に入る、お前たちは周囲を警戒していろ。いくぞ」

 武真郭は皆にそう命令し、目指す小屋に音もなく近づいていった。

 油断して半分寝ているような見張りを倒すのは雑作もなく、武真郭は惨霧が入ったという小屋の戸の前に立つと剣を抜き、有っても無くても大差ないであろうと思われる戸を慎重に空けた。

 薄暗い中に一人の男が何枚かのむしろを重ねて寝ていた。武真郭は近づくと、横に立ち、剣を大きく振り上げて、それを惨霧の首めがけて一気に振り下ろした。

 剣を握る武真郭の手には、厚い餅を切ったような感触が伝わり、同時に彼は仰天した。


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