その80
三人が唯国の城の近くを通過しようとしたときだった、前から十人ほどの武装した一団がやって来て三人を止めた。
「我らは唯国の警備隊だ、貴公らは、何処から来て、何処へ行く」
先頭にいた美形の隊長らしき者が、まるで盗賊に尋問でもするように聞いた。
「……女か」
紫羅義たち三人は同時に呟いた。
「我らは朱浬の都から来て、桂の国に向かうところです」
唯の国軍なら本名を名乗れば話は早い、しかし隆斗は名乗らずに、行き先だけを答えた。
「名前は?」
隊長らしき女は三人の顔を疑うような目で見ながら尋ねた。
「私の名は紫羅義、こちらの者は羽玖蓮、そしてこちらは神澪だ」
「昨日の夜はどこで何をしていた?」
答え終わるのと同時に女隊長はまた尋問するように尋ねてきた。
「昨日の夜は、泊まるところがなく、野宿だったが」
女隊長の高圧的な態度に腹を立てた紫羅義は吐き捨てるように答えた。
「怪しい奴らだ、一緒に城まで来てもらおう」
女隊長は険しい顔で紫羅義を睨んだ。
「我らは急いでいる、城にいく暇などない」
「ならば腕ずくで連れて行く」
「ほ~、面白い、やってみればいい」
「いいだろう、では、私と貴公で勝負しようではないか、私が勝ったら、城まで来てもらう、負ければ、私の屍を踏みつけて、何処へなりとも好きに行けばよい、部下に手出しはさせぬ」
紫羅義と女隊長のやりとりを聞いていた羽玖蓮は呆れ顔だった。
「なんちゅう気の強い女だ、部下にこいつらを引っ捕らえよと命令すればことは足りるのに、一騎討ちをして、負ければ自分の屍を踏みつけて行けとは、こんな女がこの世にいたのか。俺の許嫁じゃなくて良かったぜ」
羽玖蓮は隣に並ぶ神澪に向かって言った。
羽玖蓮には朱浬の都に将来を誓い合う相手がいた。
紫羅義と女隊長は馬を降りて向かい会った。
「一つ聞きたい。部下に命じれば済むことを、なぜ、わざわざ己が勝負をしようとする?」
「貴公たちは只者ではない。戦えば、私の部下の殆どは倒されるだろう、だから、一騎討ちで決めるのだ、それに、私は強い相手と戦うのが好きなのだ」
紫羅義の問いに彼女はそう答え、剣を抜いた。
「我らを盗賊とでも思っているようだが、いいだろう、勝負してやる」
紫羅義も剣を抜いた。
女隊長は瞬時に間合いを詰め打ち合いが始まったが、紫羅義はたかが女の剣と油断していたために剣を叩き落とされてしまい、馬上の羽玖蓮と神澪は、「あら~」とばかりに下を向いた。
「もう少しやるのかと思ったが、この程度か、私の見込み違いだったようだ、この者たちを捕らえよ」
女隊長は紫羅義に剣を突き付けながら部下に命じた。
羽玖蓮も神澪も、紫羅義が負けたのなら約束は約束であり、何の抵抗もしなかった。
三人は縄をかけられ城に連行された。
「なに、紫羅義だと、その男は紫羅義と名乗ったのか? 盗賊の分際で紫羅義殿の名を語るとは許せん、俺が成敗してくれるわ」
鬼の形相で怒りまくったのは史瑛夏であった。
彼は国王と従兄弟同士であり、今や唯国の大将軍として国軍を掌握し、宰相と並ぶ力を持っていた。
史瑛夏にとって隆撤は己の命と国の恩人であり、隆撤が他界した今でも彼を尊敬する気持ちに変わりはなかった。その隆撤が名乗っていた紫羅義の名を何処の誰だかわからぬ者が口に出すなど史瑛夏には到底許せるものではなかった。
「どいつだ、紫羅義殿の名を口にした奴は!」
史瑛夏は隆斗たち三人がいる部屋に飛び込み、中に入るなり大声で喚き散らした。
「父上、この者でございます」
女隊長は紫羅義を指さした。
「おまえか、盗賊の分際で紫羅義殿の名を口にした奴は!」
史瑛夏は紫羅義に一直線に向かい、ぶつかりそうになるほど顔を近づけ睨みつけたが、直ぐに体をひき、複雑な表情をみせた。そこに縛られ座っていた若者は、自分と唯の国を救ってくれた大恩人に風貌がそっくりだったのである。
「まさか、いや、もしかしてあなたは、隆撤様のご子息ではありませぬか?」
史瑛夏は目を丸くして尋ねた。
「お久しぶりです、史瑛夏将軍、あなたに会ったのは、司鬼一族との戦いの時に、将軍が援軍を率いて朱浬の城に来られた時以来ですね、私はまだ五歳でしたが、将軍の勇ましい姿はまだ憶えています。父の葬儀のときに列席していたのは知っていましたが、あまりに人が多く、あなたと顔を合わせることができなかった」
「では、あなたは隆斗様!」
紫羅義の言葉を聞いて、史瑛夏はその場に平伏したが、すぐに顔をあげ怒鳴った。
「この方たちの縄をすぐに解け、現皇帝の兄上の隆斗様だぞ!」
呆気にとられていた兵士たちは慌てて縄を解き、全員がその場に平伏した。
「申し訳ありません、知らぬこととはいえ、とんでもないことをしてしまいました、どうかお許し下さい」
史瑛夏は床に額を擦り着けた。
「いや、誤解もとけたようだし、もうよいのです。このようなことが苦手で隆斗の名を出さず、紫羅義という名を使っていたのですが、ここでは逆効果だったようですね」
隆斗は平伏している者たちを見回した。
「申し訳ありません、最近三人組みの盗賊がこの付近を荒らし回っており、娘はそやつらと勘違いをしたようでして。これは私の娘で史蘭と申します、史蘭、ご挨拶をしろ」
史瑛夏に言われ、平伏していた史蘭は顔を上げた。
「娘の史蘭でございます。先ほどはご無礼を致しました、どうかお許し下さい」
史蘭はそう言うとまた頭を下げた。
「あ~よかった、斬らないで」
史蘭は下を向き、目を泳がせながら小さな声で呟いた。
「しかし、勇猛なご息女ですね」
隆斗は父と娘を見比べながら笑った。
「いや、お恥ずかしい、私には四人の子どもがおり、これは長女なのです。下の弟三人は私に似て温和なのですが、どういうわけか、誰に似たのか、これだけは荒馬のような性格になってしまい、幼き頃より剣を手放さないのです」
史瑛夏は困ったような顔で史蘭を見た。
「とにかく、ここに来られたのも何かの縁、ここで旅の疲れを癒していただきたい。後で国王もご挨拶に参上するでしょう」
その夜は当然の如く皇帝の兄を迎え大宴会となった。
隆斗の性格のためか、国王も含め、まさに無礼講、飲めや踊れの大宴会であり、誰もが大酔っぱらいであった。そんな中、一人だけ酔うふりをしながら、心の中に陰謀を渦巻かせている者がいた。それは、史瑛夏であった。
彼は酒の勢いに乗じて、十九歳になる娘の史蘭を隆斗に押し付けようとしていた。
「このままでは嫁の貰い手がない」
全軍を束ねる大将軍の史瑛夏も、娘の行く末を心配する一人の父親であった。
史蘭は美しい娘であったが、その気の強さと剣の腕前、そして、大将軍の娘ということもあって、今まで何度か有望な若者に押し付けようとしたが、皆、逃げ回ってうまくはいなかった。そこへ隆斗が現れたのだ、隆撤殿の息子なら間違いはないし、相手が皇帝の兄ともなれば、娘も大人しくなるだろうと考えるのは無理もないことであり、年頃の娘を持つ父は色々と画策をしていた。
酔った勢いで既成事実さえ作ってしまえばこちらの勝ちだとばかりに、国王や重臣たちまで抱き込み、陰謀の罠を張り巡らせていた。
史瑛夏は史蘭を最初から宴会の席には座らせずに、紫羅義が酔ってから登場させ、隣に座らせた。昼間とは別人のようなその艶やかな容姿に紫羅義たち三人は口を開けて史蘭を見ていた。しかし、口を開けて見ていたのは三人だけではなかった。そこにいた誰もが、初めてみる史蘭の妖艶な美しさに驚いていた。誰も皆、鎧を身に付け、馬に跨り、剣を片手に号令をかける、そんな彼女の姿しか見たことがなかったのである。
史蘭はこんな姿で女らしく振る舞うのを毛嫌いしていたが、国王と父から厳命されて、仕方なく演技をしていた。
「隆斗様、どうぞ」
酒を注ぎながら史蘭は鋭い目で彼を見て人物を観察していたが、ふと父である史瑛夏を見ると、険しい顔で何か合図をしていた。
「笑え、笑え!」
史瑛夏は顎をしゃくりあげるようにして、口をパクパクさせていた。
史蘭は小さくため息をついて、ひきつった笑いを見せた。そして、宴もお開きになる頃、恐ろしい陰謀は動き出した。
宴が終わると、紫羅義、羽玖蓮、神澪はそれぞれの世話を命じられた者たちに案内され、別々の部屋に連れていかれた。
「明日の朝は、いかなることがあろうとも夜明けとともに出発する。西門の前に集合せよ」
紫羅義は二人に前もって話しをしておいた。
世話係りの者に連れていかれた部屋は四隅に明かりが灯してあり、その灯りは薄い朱の布で覆われ、部屋は妖しげな色合いになっていた。そして、部屋の中央には大きな布団が敷かれてあった。
「どうぞ、ごゆっくりお休み下さいませ」
下がろうとする世話係の者に、紫羅義は宴会の前に書いておいた二通の手紙を渡した。
「この手紙を国王様と史瑛夏将軍に、明日の朝、お二方が起きられたら渡してほしい」
「かしこまりました」
手紙を受け取り、世話係の者は頭を下げ、襖を閉めた。
「これはいったい誰の趣味なんだ?」
部屋を見回すと、壁には白い着物がかけてあった。
「これを着て寝ろということか」
紫羅義は着替えると、窓を覆う大きな障子を開けた。
空には満月が輝いており、布団の上に大の字になり紫羅義は満月を眺めていたが、そのとき、その部屋に向かって、長い廊下を怪しげな一団が近づきつつあった。




