その71
次の日、鵬山雅がいつも通りに出仕し、仕事をしていると、妻の実家から使いの者が来た。彼は青ざめた顔で鵬山雅に言った。
「家に強盗が入って、ご主人様と家族の方たちが……」
使いの者はそこまで言うと、下を向いて泣きだした。
慌てて実家に駆けつけた鵬山雅が見たのは、妻とその家族の亡骸であった。
「昨日のあれは、夢ではなかったのか」
鵬山雅はそう呟くと、自分の口を手で押さえて辺りを見回し、その場に座り込んだ。
「俺のせいだ、俺が願いを言ったばかりにこんな惨いことが」
もう起こってしまったことはどうすることもできないし、まさか、夕べの話を誰かにするわけにもいかない。彼は時間の経つのも忘れてそこに座り込んでいた。
犯人は見つかることはなく、葬儀も終わり、時は過ぎていった。
天祥は配下を一同に集め、その中から力のある者を四名選び出した。
「朝廷内部に四名の者を潜入させ、皇帝の命を貰い受ける。手引きは鵬山雅という者にさせる。今の皇帝は名君の誉れ高く、臣にも民にも慕われているらしい。だが、裏を返せば、そんな皇帝が居なくなれば志芭の国を崩壊させるのは容易いということだ」
天祥は皆の顔を見回し、力強く言った。
「皇帝の命を奪ってこい。たとえ皇帝の命を奪えなくとも、城内に潜入し、我らの力を見せつけてやるのだ、生きて戻ろうなどとは思うな」
天祥は四名にそう命じ、彼らを引き連れ、鵬山雅の元に向かった。
鵬山雅はいつものように側近を従え、荷馬車と共に測量に出かけ、現地に到着すると、人夫にあれこれと測量の指示をしていた。ふと荷馬車の方を見て彼は仰天した。荷馬車のそばにあの夜の仙人が立っていたのだ。そして、鵬山雅と目が合うと、荷馬車の陰に姿を消した。
鵬山雅は皆に一通りの指示を与え終えると、一人で荷馬車に向かい、その裏に回り、仙人と向かい合った。
「お主の願い、叶えてやったぞ」
仙人の姿をした天祥は薄ら笑いを浮かべながら不気味な顔で鵬山雅を見た。
「あんたはいったい何者なんだ? 修行をして仙術を極めた者が、あのような惨いことをするわけはない、何のために俺に近づいたのだ」
鵬山雅は身を固くして天祥を睨んだ。
「お前の願いは叶えてやった。今度はわしの願いを聞く番じゃ、この者達を荷車に乗せよ、そして、城内に戻るのだ、誰にも中を開けさせてはいかん、そして、荷車をいつもの場所に置け」
そう言った天祥の後ろには、四名の眼光鋭い男が立っていた。
「誰なんだ、何が目的なんだ?」
狼狽する鵬山雅に向かって天祥は怒鳴った。
「余計なことは聞くな! 鵬山雅よ、妻とその家族のこと、朝廷に訴え出てもよいのだぞ、仕事を放り出しての不義密通、そして邪魔になった妻と家族を人に頼んで亡き者にしたおまえの罪は重い、発覚すればお前は間違いなく死罪だ。仙人が現れて勝手にやったとでも言うか、誰も信じる者などおらんぞ。残された病気の母はどうする、よく考えろ」
天祥の突き刺さるような言葉に鵬山雅は声も出せなかった。
「お前は秀美芳と一緒になりたいのであろう、我らが協力してやる。必要な金も十分渡す。それでおまえは幸せに暮らせるのだ。しかし、もし、このことを誰かに漏らせば、おまえの母も、秀美芳も、妻と同じ運命を辿る。そして、おまえは罪を全て被り、悔やみながら死罪となるのだ。さあ、どちらを選ぶ、おまえ次第だ」
天祥は追い討ちをかけるように言った。
「そんな馬鹿な!」
鵬山雅は目を剥いて怒りをあらわにしたが、やがてうなだれて肩を落とした。
「本当に秀美芳と暮らせるのか。しかし、いくら荷車の中を調べないとは言っても、今は城内に入る警備は厳重で、いつ中を見られるかわからない。中を開けさせなければ怪しまれる、その時はどうすればいいのだ?」
鵬山雅は独り言のように呟いた。
「心配するな、城門の中へは調べられずに入れるよう我らが力を貸す、お前はいつも通りに荷車とともに城に向かえばよい、後はいつも通りにしていろ、おまえは何も考えることはないのだ。だが、もし一言でも今日のことを人に話せばどうなるか……わかるな」
天祥は険しい表情でそう言ってから、後ろの四名に合図を送ると、彼らは素早く荷車の中に入り、扉を閉めた。
鵬山雅は彼らの動きを、負け犬のような顔をして横目で見ていた。
仕事が終わり、一行の馬と荷馬車は城に向けて出発した。
城門の前まで来ると、門の上にいる警備兵が騒ぎだした。
「何事だ?」
振り返った鵬山雅の目に、土煙を上げて城に向かってくる軍勢が飛び込んできた。
「反乱軍だ、反乱軍が現れたぞ!」
警備兵が大騒ぎをし、門の上はみるみる兵たちで埋まっていった。
「鵬山雅殿、早く、早く中へ」
城門の上の兵が叫ぶと同時に門が開けられ、一行は大慌てで門の中に飛び込んだ。
外の軍勢に皆の目は向けられ、荷車の中を調べよと言う者などいなかった。鵬山雅はいつもの場所に荷車を置くと、一行は解散し、それぞれの仕事場に戻って行った。
突然の反乱軍の出現で城内は大騒ぎとなり、宰相は軍の招集を叫び、趙子雲は皇帝直属軍を指揮し戦闘体勢を整えようとしていた。羽宮亜と神羅威も城門の上に駆けつけたが、反乱軍はある程度の距離まで近づくと城壁に沿って馬を走らせ、口々に、臆病者という類の罵声を浴びせ、そのまま走り去って行った。
「挑発に来たのか。今度は、城の兵は臆病者揃いだと広めたいらしいな」
走り去る軍勢を見ながら城門の上にいた兵たちはため息をつき、羽宮亜も神羅威もその言葉を聞いて頷いた。
さすがの二人もこの軍勢が出現した本当の目的には気がつかなかった。
日が暮れ、辺りが闇に支配され始めたとき、荷車の扉が音もなく開き、中から四つの影が飛び出していった。




