その7
「何をする、我らは陛下を補佐し御政道に携わってきたのだぞ、このような無礼が許されると思うのか」
重臣たちは口々に叫んだ。
「連れていけ」
魏嵐の一言で彼らの言葉は打ち消された。
「こんなことをして後悔するぞ!」
大声で叫びながら、重臣たちは兵に連れられ広間の外へ消えていった。
「皇帝陛下、御政道を乱す大罪人共は排除いたしました、これからは我らが陛下を補佐し、乱れた天下を正してゆきます」
魏嵐は皇帝の方に向き直ると、そう言いながら、超月章皇帝を睨みつけた。
いくら暗愚な天子でも逆らえばどうなるかは予測がつく。
「よきにはからえ」
震えながらそう言葉を発するのが精一杯であった。
武元紀たちは甘かった。政治の中心にいる自分たちがいなければ困るだろうから、今まで通り重く用いられるはずだと思い込んでいたが、魏嵐は彼らに投獄する間さえ与えず、彼らの一族までも引き出し、天下を乱した大罪人として直ちに全員を処刑してしまった。
その頃、唐元の地に布陣していた真維貴大将軍は決断し、全軍に撤退を命じていた。
「明日の早朝、都に戻る、陣払いの準備を。後方に十分注意し、夜明けとともに出発する」
魏嵐軍はこのときを待っていた。魏嵐軍の斥候も国軍の動きを見張っていたのだ。
討伐軍の兵士たちの心は、すでに、眼前の敵よりも自国への思いと家族の安否に切り替わっていた。帰国の準備を整え浅い眠りについていた夜明け前、突如として喚声があがり討伐軍の陣は夜襲を受けた。
魏嵐軍は敵陣まで一気に駆け、心ここにあらずの敵軍に襲いかかった。
無数の火矢が陣に打ち込まれ、その炎を目指して陣内に反乱軍全軍が突入し、討伐軍は大混乱に陥り、大きな損害を受けた。逃げながら、再びあちこちに集結し、体勢を立て直したが、もはや戦うどころではない、いつ後方から攻撃されるかわからない状態の中、各部隊は己の国を目指して撤退を始めたのである。
討伐軍が都に向かって戻り始めた頃、朝廷内部では着々と魏嵐体制の基盤が固められつつあった。
「次に進みましょう」
楊薪雷は冷酷な笑みを浮かべ口を開いた。
「まず我らが天子を補佐し政道の実権を握ったことを陛下の口から皆に周知させなければなりません。詔が発せられれば、城内の小競り合いも収まりますし、天子を担いでいれば、我らが正規軍、都に戻ってくる国軍は都を攻める反乱軍ということになります。それと、略奪はいけません、特に遠征している兵たちの家族は手厚く保護するのです、そうすれば戻ってきた兵共はみな将軍に従うでしょう」
次の日には、皇帝の口から魏嵐が宰相に任命されたことが皆に伝えられた。その後に魏嵐は率いてきた兵たちを集め、略奪の一切禁じた。
「お前たちが都のお宝と女を目指し俺の後についてきたのはわかっている、だが、今はこらえてくれ、必ずお前たちが満足するようにする、今、俺が失脚すれば、お前たちも都を追われることになるのだ、わかるな。略奪行為をする者は重罪とする」
魏嵐は全員に命じた。
それから数日経って、真維貴将軍が率いる軍が戻ってきた。真維貴将軍は戦うべきかどうか迷っていた、この軍勢で反乱軍に立ち向かえるのか、とにかく城内の様子を探らせようと部下と相談していたとき、城からの使者と思われる者が近づいてきた。
「将軍、都の体制は変わりました、今は魏嵐様が宰相となり、武元紀前宰相を含む重臣は天下を乱した罪で全員処刑されました。このまま都に入ろうとするならば将軍とその軍は天子に反逆する罪人となりますぞ」
使者は冷静な口調で内部の状況を説明した。
「なんだと、そんな馬鹿な!」
真維貴将軍は拳を握りしめワナワナと震えたが、使者は続けて伝えた。
「兵たちの家族は魏嵐宰相の命により、保護されています」
その言葉を聞いて、兵たちの間から自分たちの家族は無事なのか、略奪はなかったのか、魏嵐軍は反逆、略奪の軍ではなかったのか、そんな声が聞こえてきた。
真維貴将軍は、がっくりと肩を落とし、馬の背を見た。
「無念だ、なぜこのようなことに。しかし、兵たちにはもはや戦意はなく、戦ったところで我らは天子に逆らう反逆者になってしまう、もはやこれまでか」
真維貴将軍は全軍に向かって魏嵐宰相に従うことを命じた。
こうして魏嵐は実権と軍を掌握すると、周囲を自分の配下の者で固めるとともに、少しでも異を唱える者がいれば、何らかの罪を被せ、その一族までもことごとく粛正した。それは、皇帝の一族でさえ例外ではなく、それどころか、皇帝の兄弟たちは暗殺され、血縁者は全てあらぬ罪を被せられ、処刑され、投獄された。