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紫羅義  作者: 海道 睦月
64/125

その64

 超月章の父である超太幻皇帝時代に()(げん)という小さな国があった。

 司元の国は朝廷から遠く、武力に頼る国でもあったために、従属の意も示さず、好き勝手をやっていた。

 好き勝手と言っても、民に影響がなければ、小国のこと、放っておいてもよかったのだが、この国は近隣諸国から子どもを誘拐しては、奴隷として売り飛ばす悪行を繰り返しており、近隣の国々も何度か攻め込んだが、司元の国の兵たちは昔から伝わる特異な技を受け継いでおり、攻め破ることができずにいた。

 名君とは呼ばれていたものの、お飾り的だった皇帝の超太幻も、さすがに子どもを誘拐して奴隷として売り飛ばすとは何たることかと怒り、司元の国を殲滅せよと軍の動員命令を下し、兵力五千にも満たない小国に十万の軍勢を派遣した。

 朝廷がこのような大軍を派遣したのにはもう一つの理由があった。

 司元の国の近辺には長年に渡り朝廷になびかない国々があったために、超太幻は朝廷に対して恭順の意を示すよう、司元の周辺国に脅しをかけるつもりであった。

 弟である(ちょう)(たい)(はく)を軍に同行させ、司元を滅ぼした後、近隣の諸国を統一させ、そこに志芭王朝の傀儡国家を作り、弟に治めさせようと目論んでいた。

「志芭王朝の開祖である超月誕皇帝の代から伝わる鳳玉石をお貸し願いたい。武力だけでは、諸国は心服せず、統一国家を築くのは難しい。かの地に傀儡国家を作り上げるには朝廷と同等であるという象徴が必要なのです」

 超泰伯は出発の前に兄である超太幻に願い出た。

「なるほど、確かに権威の象徴は必要かもしれん」

 超太幻は鳳玉石を超泰伯に手渡し、十万の軍勢は司元に向けて出発した。

 朝廷軍は、鳳玉石を持つ十万の軍勢が司元の地に向かうという話を広めながら進んだ。そして、司元の国の近隣国に討伐に参加せよとの命を下すと、近隣の国々は従わなければ、自国も討たれると思い、朝廷軍に恭順の意を示し、軍を動員した。

 いくら司元の兵が強くても、朝廷軍を含む十数万の連合軍には歯がたたない、司元の国は滅ぼされ、権威の象徴である鳳玉石の力もあって、その地に朝廷の傀儡国家ができ上りつつあった。だが、司元国の残党が、報復のため、油断していた軍から鳳玉石を盗み出してしまった。

 超泰伯は血眼になって探させたが、ついに鳳玉石は見つからなかった。

 司元国の王とその一族は斬首の刑に処せられたが、ただ一人、王の兄である玄祥は脱出し、残党とともに鳳玉石を懐に入れ、山の奥深くに逃げ込んだ。

 司元の残党は、鬼となって復讐すると心に違い、自らを司鬼一族と名乗り、外の世界との交わりを断って山奥に隠れ住んだ。

 彼らは山を降りては次々と女を誘拐して子どもを作り、数十年の間に兵力を増やし、数百人で逃げ込んで作った村には、今や二千を超える兵がおり、復讐の時を伺っていた。

 誘拐した女たちから外の情報は得ていたが、辺境の農民の娘は朝廷内部の変化など知る由もなく、唯一、村に出入りする奴隷商人もなるべく司鬼一族とは関わりを持ちたくないと思い、子どもを買い、金を渡すとろくに話もせずにそそくさと村を離れて行った。

 司鬼一族の村の中では時間の流れは止まっていたに等しかった。

 その司鬼一族の国に魏劉輝は連れて来られたのだ。

 玄祥は魏劉輝の顔を見つめ、しばし何かを考えていた。

「皇帝になりたいか?」

 玄祥は冷ややかな目で魏劉輝を見ながら尋ねた。

「なれるものならなりたい。父を死に追いやり、自分たちを追放した志芭の朝廷に復讐がしたい!」

 魏劉輝は拳を握り締めながら答えた。

「面白い、我らは皇帝の座など欲しくはないが、志芭の国に復讐という点で思いは一致する。朝廷をひっくり返すには力と、そして盟主が必要なのだ。お前を盟主として担ぎ上げて、朝廷に背く輩を集め、復讐を果たすのも悪くない」

 玄祥は鳳玉石を見ながらニヤリと笑った。

 それから五日後、司鬼軍の二千は魏劉輝を担ぎ上げ、朱浬の都を目指して出発した。

 二千の兵力で朝廷に対抗するなど不可能であることは玄祥にも判っていたし、朝廷に反目する者も、そう簡単には集まらないとも承知していた。彼は目立たずに朱浬の都に近づき、一箇所には留まらず、あちこちに出没しながら相手の勢力と気力を削いでゆけば、現朝廷に対する謀反の波が起こり、それが大きなうねりとなって、やがて朝廷を呑み込むときが必ず来るであろうと考えていた。

 司鬼一族の兵たちは生まれてすぐに母親から引き離され、幼い頃より相手を倒す修練をさせられていた。朝廷を憎むように洗脳されながら育てられ、しかも、昔から伝わる特異な技を体得している者も多く、その辺の兵では束になってもかなわないほど強かった。

 その鬼のような軍勢がついに志芭の地に入り込んだ。

 朝廷では(おう)(はく)(ほう)という者が宰相に就いていた。

 魏嵐皇帝を倒し、隆徹が帝位の座についたのは、羽宮亜と神羅威の功績が大きかったが、二人は若く、政治の筆頭に立つには無理があり、皇帝直属の参謀として隆徹の側にいた。

 羽宮亜の情報網はすでに司鬼軍を捉えていたが、不穏な動きをする二千ほどの軍勢が志芭の国に近づきつつあると言う内容だけであり、その正体も目的もわからなかった。だが、その軍が目指すものはすぐに明らかになった。

「我らは魏嵐前皇帝の嫡子、魏劉輝を盟主とし、腐敗した現王朝を倒すために集まった義勇軍である。我らが正統なる皇帝軍である証として、こちらには鳳玉石がある」

 正体不明の軍は志芭の領内に入ると、そう吹いて回っていた。

 鳳玉石の話だけは隆徹も聞いたことはあったが、まさか、魏嵐の長男である魏劉輝がその石を持ち、軍勢を率いて現れるとは夢にも思ってはいなかった。

「やはりあのとき、魏嵐の一族は全て処刑しておくべきでした」

 宰相である汪白邦は渋い顔をした。

「しかし、御心配には及びません、どこの馬の骨とも判らぬ者たち、魏劉輝の話も鳳玉石の話も本当のことかどうか、すぐに物見の者を派遣し、情報が入り次第、軍を差し向けましょう」

 宰相は思いなおしたように皇帝に進言した。

 朝廷は(りゅう)(こく)(しょう)という将軍に一万の軍を率い反乱軍を討伐せよと命じた。

 朝廷軍は物見の者からもたらされた情報を元に、反乱軍がいるであろう地を目指して、一気に駆け抜け、半日足らずで反乱軍を捕捉した。

「おかしい」

 汪白邦は窓から外を見ていた。すでに日は傾き始めている。

「いくらなんでも劉黒章将軍から反乱軍鎮圧の一報が入ってきていなければならない時間だ」

 時とともに汪白邦の不安は大きくなっていった。

「討伐軍が戻ってきました」

「やっと戻ったか」

 報告を聞いて、小走りに外へ出た汪白邦が見たのは、傷付き、意気消沈した兵たちの姿であった。

「これは何たることだ、劉黒章将軍は何処だ?」

 見回しても将軍の姿は見当たらなかった。

「将軍は敵に討たれ、あちらに」

 一人の兵が指差す方を見ると、何人かの遺体が横たわっており、遺体に近づいた汪白邦は力が抜けたように座り込み、大地に両手を付いた。

 兵たちの話を総括すると、反乱軍は朝廷軍が近づくまで微動だにせず、対峙すると、ただ一騎が進み出て劉黒章将軍との勝負を望んだ。その男は双竜と名乗る小柄な者で、猛将と呼ばれ、腕に自信のある劉黒章将軍は、相手になってやると、進み出て、両者は戦い始めたのだが、あっという間に将軍は斬られてしまったとのことだった。

「他に戦う者はいるか?」

 双竜の問いかけに、何人かが出たが、誰も歯が立たなかった。

「ははは、朝廷の軍はこの程度か、お遊びはここまでだ」

 双竜が合図すると、突風が吹き抜け、無数の草が舞い上がり、その草が朝廷軍の兵たちの顔や手に突き刺さり、前衛の軍のあちこちから悲鳴があがった。

「今日はここまでだ」

 双竜はせせら笑うと馬を返し、反乱軍は去って行った。

 討伐のために派遣された軍は、ただ黙って彼らを見送るしかなかったと言う、死者こそ数人であったが、朝廷は手痛い敗北を喫した。

 話を聞いて重臣たちも揃って顔を曇らせ、隆徹も羽宮亜も神羅威も首を捻った。

 そのような者たちの集団なら、どこからか話が伝わってくる、まして鳳玉石を持っているならなおさらだ。彼らはいったいどこから来たのか、隆徹たちには相手の本当の正体がわからなかった。敵を知らなければ、また、手痛い負けを味わう可能性が高いのだ。

「わしが行こう」

 趙子雲が進み出た。

 彼は今では将軍の中の最上位である「大将軍」に封じられていた。

 劉賢誠や郭斯錘など、隆徹が率いて来た者たちも将軍の地位にあり、趙子雲とともに皇帝の直轄軍として動いていた。

 汪白邦が趙子雲を遮った。

「いや、大将軍が出るまでもないでしょう。今度こそ、反乱軍を鎮圧させてみせます。もう一度、機会をお与えください」

 汪白邦にも宰相としての立場があった。

 軍の管轄は国防大臣にあり、宰相の汪白邦がその上にいて管理する立場にあった。軍に不備があれば、国防大臣だけではなく、宰相である汪白邦の面目まで潰れてしまう。ここで、皇帝直属の趙子雲たちに出られてしまうのは、宰相にとっては非常に都合が悪いことであった。

「いいだろう」

 隆徹は暫く考えていたが、汪白邦の進言を受け入れた。

 羽宮亜と神羅威は横目で隆徹を見た。


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