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紫羅義  作者: 海道 睦月
61/125

その61

 一行が進むと中軍はまるで海が二つに割れるように開き、紫羅義たちが通り過ぎると、道を開けた兵たちは紫羅義の後に従い、進むにつれてその数は膨れ上がっていった。

 前衛軍はほぼ壊滅状態となり、左、右軍は野犬の群れにより大混乱に陥った。そんな中で、中央軍は二つに割れ、魏嵐とそれを守る近衛兵団への道が開けた。

「なんだ、奴らは。どうなっている?」

 魏嵐が唖然として見てる間に、朝廷軍の兵たちはまるでその一団に吸い寄せられるように転身し、魏嵐に向かう軍勢の裾がみるみる広がっていった。

 魏嵐は自分を守るべき中央軍が割れて敵が現れるとは、予測すらしてはいかったので、さすがに慌てた。

「奴らを踏み潰せ!」

 魏嵐は命令したが、近衛兵団は動かなかった。

「志芭の国の正統な後継者が現れた、我らは天命に従う」

 そんな言葉がすでに紫羅義たちの一団から合唱のように聞こえ始めており、その声は魏嵐にも近衛兵団にも届いていた。

 紫羅義が進んで来ると近衛兵たちも左右に分かれ、魏嵐への道を開けた。

「陛下、城の中へ」

 魏嵐のそばに参謀として従軍していた楊薪雷が叫び、魏嵐は腹心の部下だけを引き連れ城門に馬を走らせた。

 魏嵐の背を見ながら、羽宮亜は冷たく言い放った。

「はたして、城門は開くかな」

 羽宮亜は自分の手の者に城内で噂を流すよう命じるとともに、中にいる反魏嵐派である者たちにある言葉を伝えよと命じていた。

「魏嵐皇帝が城に逃げ帰って来たときは、真なる皇帝が出現し、志芭王朝が本来の姿に戻るときである。城門を開け、国賊を中に入れれば、一族全てが天下の裏切り者との烙印を押され、その烙印は生涯付き纏うであろう」と。

「開門せよ!」

 城門の前で楊薪雷が叫んだが、門が開く気配はなかった。

 魏嵐が挙兵した頃より従ってきた兵たちは、ほとんどが前衛軍の中に配置されており、城内に残っていたのは成り行き上、魏嵐に従ってきた者や、服従するふりをしていた者ばかりであった。

 彼らは城門の上から戦いの成り行きを見守っていた。

 反乱軍を率いてきたのが、超隆徹という前皇帝の弟であるという話は城内に残る者たちの耳にも入っていたが、彼らは魏嵐が出陣した後もまだ動かなかった。反乱軍の先頭に立つ者が志芭国の正統な後継者であっても、魏嵐の率いる軍に叩き潰されればそこで終わりなのだ。

 彼らとて己の保身を考えなければならないし、城内の兵を先導するにしても、「時」と「流れ」がある。魏嵐の勢いが強いときに、反魏嵐を叫んだところで力を貸す者は誰もいない。

 彼らは戦いの行方を見定めていた。

 城内の兵は鴉と野犬の来襲、そして、中央軍が二つに割れるさまを見て驚きながらも、超隆徹に天命があることを確信した。

「彼らは反乱軍ではなく、正統な皇帝軍である。魏嵐こそが謀反の張本人であり、肩入れする者は皆、同罪だぞ」

 彼らは一斉に叫び、反魏嵐の者たちに今こそ立ち上がるときだと促した。

「裏切り者め」

 そう叫ぶ者もいたが、流れはすでに反魏嵐派にあり、反対する者は皆、捕えられた。

 近衛兵団さえ二つに割れ、城内にいる者たちは超隆徹の王朝が始まることを予感し、城門に向かって逃げてくる魏嵐とその腹心の部下たちを冷ややかな目で見下ろしていた。

 もはや志芭王朝を力で簒奪した略奪者に戻る場所はなかったのである。

「門を開けよ、皇帝であるわしの命が聞けんのか!」

 魏嵐が城門の上を睨みながら叫ぶと、城門の上から城の守りを任されていた将軍が姿を現した。

「魏嵐殿、申し訳ありませんが、門を開けるわけにはまいりません、あなたの天命はすでに尽きたのです」

 将軍と兵たちは冷ややかに逃げてきた簒奪者たちを見下ろしていた。

「ぬぬ、裏切り者め」

 魏嵐は怒鳴ったが、怒鳴ったところで門が開くわけでもなく、後ろを振り返ると、すでに紫羅義の軍が迫って来ていた。

「もはや、これまでか」

 魏嵐は剣を抜くと、紫羅義に向かって駆け出した。

「小僧! 貴様を倒せば、俺の時代はずっと続くのだ、覚悟!」

 魏嵐は叫びながら真っ直ぐに紫羅義に向かって行った。

「よかろう、貴殿の野心、真っ向から受けて、打ち砕いてやろう!」

 紫羅義もただ一騎で前に進み出た。

 魏嵐も皇帝の座につく前は歴戦の雄であり、戦いには自信があった。

 剣を振りかざし一直線に紫羅義に向かい、構えた剣をふり下ろそうとしたが、それよりも遥かに早く超隆徹の剣は風を切り、勝負は一瞬で決まった。

 魏嵐の体が馬から落ちると、周囲から歓声があがった。

「戦いは終わったぞ」

 城壁の上にいた者たちは外に向かい叫ぶとともに、戦闘終結の太鼓を打ち鳴らした。

 十数年に渡り、恐怖政治を行なった天下の簒奪者の命はここに尽きた。

 紫羅義は志芭王朝の正統なる第十三代皇帝となり、波流伽はその妃に、趙子雲、羽宮亜、神羅威たちはそれぞれの役につき、史瑛夏と那岐一族は自分の国に引きあげていった。

 志芭国を追われてから十七年あまり、紫羅義は幾多の苦難の道を乗り越え祖国に戻り、天下万民のためにその身を捧げる立場になった。

 超隆徹が皇帝になり、志芭王朝はここに復活し、新しい風が吹き始めた。


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