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紫羅義  作者: 海道 睦月
60/125

その60

 趙子雲はそんな紫羅義の後ろに付き、冷静に周囲を見回しながら、紫羅義の側面を援護した。

 黒雲臥と叙崇国は目にも止まらないような剣の技で周囲の敵を次々と倒し、馬元譚は咆哮とともに敵をなぎ倒して、朝廷軍の兵たちを威圧した。

「こいつらはいったい何なんだ?」

 前衛の兵たちは、鴉の攻撃に驚かされ、次に義勇軍のその圧倒的な強さに驚かされ、もはや軍としての機能を失っていた。

「紫羅義殿、道は我らが作る!」

 右手にいた史瑛夏が叫んだ。

 彼は先頭に立ち、自分の軍を率い、紫羅義の前に中軍に向かう道を作ろうとした。

そう考えたのは左手にいた、劉健誠、郭斯錘も同じであった。

「先への道は我らが作る。混戦の中、紫羅義殿を前面に立たせるわけにはいかん」

 劉健誠と郭斯錘は左翼からそれぞれの軍を率い、敵の囲みを打ち破りながら、凄まじい勢いで進んで行き、紫羅義の両翼から強さと士気の塊のような軍が先行し、中軍へ向かう道が開けていった。

 馬元譚は自分の両側を怒涛の如く前に進んでゆく史瑛夏たちの軍勢を見回しながら、振り返って羽宮亜と神羅威を睨みつけた。

「おい、羽宮亜と神羅威よ、なんなんだこいつらはよ。俺の出番はどうなるんだ? 誰が考えた策だこれは、ええ、おい!」

「あぁ、いや、我らが考えたわけでは……」

 馬元譚に凄まれて、二人は首をすくめた。

 義勇軍は前衛部隊の半数近くを瞬く間に叩き伏せ、さらに、史瑛夏、劉健誠、郭斯錘の軍により、中央軍への道が開かれていった。

 紫羅義は趙子雲の部隊と那岐一族を従え、開かれた道から中央軍へと向かった。

 中央軍を率いる将軍は前方での闘いの行方を見守っていた。その戦いの動きによって軍を如何に動かすか決めなければならない。

 前衛部隊の後方が慌ただしくなり、兵たちが逃げ出し始めると軍が左右に分かれた。そして、その中を三百騎ほどの一軍が悠々と進みでて向かってきた。

 将軍は命令を躊躇した。

 三百騎ほどの一軍が慌ても騒ぎもせずに、悠々と十万の軍勢に向かってくるとは思っていなかったので、どう命令してよいのか迷ったのだ。三百騎に対して、全軍に向かって撃退せよとは言えない。そして、それ以上に命令を発することができないわけがあった。

 駈け廻った噂はその将軍や、兵たちの耳にもすでに届いていたのだ。

「もしや、あの男が、隆徹殿か」

 将軍は先頭にいる男を凝視した。

 三百騎はさらに速度を落とし、ゆっくりと中軍の前まで進んで来ると止まった。

 中央には紫羅義、その左右には羽宮亜と神羅威がいた。

「皆の者聞け、この方は魏嵐に亡き者にされた超月章皇帝の弟、超隆徹様だ。貴公らは志芭王朝の正統な後継者に剣を向け、その命尽きるまで汚名とともに生きるのか!」

 羽宮亜が叫ぶと、軍の中からざわめきが起こった。

「我らは己の信念を貫き、天下万民のため困難を乗り越えここまで来た。貴公らの信念とは逆賊魏嵐の命を受け、天下の民を苦しめることか!」

 さらに神羅威が叫び一同を見回すと、軍の中から一人の老将が進み出てきた。

「おお、噂は本当であったか、わしは五歳の頃の隆徹様を知っている、確かに面影がある、琳玉泉皇后の一派に暗殺されたとばかり思っていたが」

 その老将は信じられないという表情で、紫羅義の顔を食い入るように見た。

(はん)()(まい)よ、達者であったか? 私に聞かせてくれた昔話、まだ憶えているぞ」

「わ、わしのことを憶えておられるのか?」

 紫羅義が老将の名を呼ぶと、範余昧と呼ばれた老将軍は驚き、慌てて馬を降りた。

「この方は、超隆徹様に間違いない」

 そう叫び、平伏すると、それを見た他の者たちも慌てて平伏した。

 範余昧将軍は立ち上がると、振り返って部下たちに向かって叫んだ。

「志芭の国の本当の主が戻られた。我らは今日まで保身のために力ある者に従ってきた、いや従うふりをしてきた。今、己の進むべき道を決めなければならん。正統な後継者に仕えるか、このまま簒奪者に従うか」

 範余昧は馬に飛び乗った。

「わしはこの命を奪われようとも己の信念に忠実に生きるぞ。隆徹様、まいりましょう、私が先導いたします」

 彼は自軍に向かって進み始めた。


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