表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫羅義  作者: 海道 睦月
59/125

その59

「やはり、俺が出なければならんか」

 城の窓から外を見ていた魏嵐は、遠くの咆哮を聞き呟いた。

 彼は動物的勘により、反乱軍の士気が最高潮に達したことを感じ取ったのだ。

 羽宮亜と神羅威は一番に欲していた、「全軍の士気」を手に入れた。

 次にやるべきことは相手の士気を低下させることであり、羽宮亜は手の者を闇に紛れて城内に侵入させ、中にいる仲間に噂を撒き散らせと指示を出した。

「反乱軍を率いているのは、志芭王朝の正統なる血筋の超隆徹である」と。

 その噂は瞬く間に広がっていった。

 義勇軍は簡易的な陣を作り、その中で眠りについていた。

 深夜、その中で起きているのは、夜襲に備えて警備をしている兵だけであった。

 紫羅義が自分の前に誰かが立っている気配に目を醒ますと、そこにはいくつかの白い影があり、中央には朱遼貴の陣で迷った紫羅義たちを外へと導いた翅苑の姿があった。

「よく、ここまで来ました。明日こそ、魏嵐を倒すときです、我らも力を貸しましょう、魏嵐に怨みを持つ怨霊を集結させ、最後の力をふり絞り、あの逆賊に我らの怨みの深さを思い知らせてやります。そして、天下万民のために、あの魏嵐の首級をあげるのはあなたの役目です」

 翅苑は真っ赤に燃えるような目で紫羅義を真っ直ぐに見下ろした。

「わかった、約束しよう」

 紫羅義は剣を掴むと目の前に水平に持ち、剣を半分まで抜いて、再び音をたてて鞘に納めた。それは武人として命を懸けて約束するという意味だった。

 それを見ると翅苑は頷き、優しい顔に戻った。

「御武運を」

 そう言うと、微笑みながら闇の中へ消えていった。

 夜が開け、紫羅義たちは進軍を開始した。

 朝廷軍は城を背に魏嵐の指示の元、軍を展開させ、皇帝が城門から出てくるのを待っていた。

 魏嵐が城から出ようとしたとき、墨幻蒋が近づいて耳打ちをした。

「陛下、妙な噂が広まっております、反乱軍の頭目が前皇帝の弟だとか」

「なんだと! まずいぞ、それは」

 魏嵐の顔色が変わった。

 そんな噂が広がれば軍全体の士気にかかわる、すぐに城の外に出て噂は嘘だと撤回しなければならない。魏嵐は近衛兵を従え、城門から出ると、兵たちに向かって噂に惑わされるなと叫んだが、兵たちはその言葉を聞きながら目を泳がせていた。

 魏嵐は五十万の兵を前衛軍、中央軍、右軍、左軍に分け、前衛軍を十五万で固め、他の軍は各十万とし、城内には万が一に備え五万の兵を残した。

 前衛軍の半分は魏嵐に従い志芭に来た略奪者の群れであり、例によって働き次第での莫大な恩賞を約束されていた。

 魏嵐はこの前衛軍で勝負を決しようとしていた。

 義勇軍と前衛軍の十五万同士が真っ向から戦えば、例え義勇軍が勝ったとしても大きな打撃を受けることは間違いのないことであった。朝廷軍には中央、左、右軍の三十万の兵が残っている。

 それらの軍により、三方から囲まれれば残りの反乱軍は耐えきれないだろうと魏嵐は考えていた。そして、内心では、前衛軍の半分を占める自分についてきた略奪者たちが、反乱軍と潰し合ってくれればとも思っていた。

 反乱軍と、彼らに加担した者たちを叩き、朝廷に敵となる存在が完全にいなくなれば、今度は略奪者たちが皇帝の座を脅かす危険な存在となる可能性は十分にあった。

 外に反乱の芽があるうちは力のある兵は頼りになる、しかし、ともに戦う敵がいなくなれば、その者たちが自分の立場を脅かす一番危険な存在となるのだ。

 反乱軍と前衛軍が共倒れになってくれれば、魏嵐にとっては後々のことを考えると、一番ありがたいことだったのである。

 彼は中軍の後ろで近衛軍に守られて全軍を見回しながら、心の中では戦いが終わった後のことをすでに考えていた。

 陣形が整い、皇帝が定位置に着いたとき、前方に土煙が見え始め、最後の戦いのときが刻一刻と近づいていた。

 そして、十五万の義勇軍と四十五万の朝廷軍が対峙した。

 紫羅義の軍は同数の前衛部隊を撃ち破り、さらに、中央、左、右の三部隊の計三十万の軍を蹴散らさなければならない。士気は最高潮に達し、対する朝廷軍の内部には噂がすでに蔓延して士気が低下しているとはいえ、義勇軍にとって、相当不利な戦いであることは間違いないことであった。

 義勇軍は魏嵐直属の十五万をなんとしても倒さなければならなかった。だが、それを撃ち破れば、噂に翻弄され、戦うことに腰が引けている三十万の軍勢を崩すのは不可能なことではなかった。

 魏嵐もその点はわかっていた。だが、正面から受けて、反乱する者を全て叩き潰さなければ、後世に引き継ぐための絶対権力を手にすることはできない。前衛軍には恩賞は思いのままと言い含め、たとえ勝てなくとも反乱軍との共倒れをと望んでいたのである。

 義勇軍がゆっくりと進軍し、朝廷軍に近づきつつあったとき、にわかに辺りが暗くなり、両軍ともに空を見上げた。

 空には巨大な黒雲が渦巻くように、おびただしい数の鴉が羽ばたき、太陽を覆い隠し、天を黒く染め始めていた。

 両軍ともに敵の存在さえ忘れ、驚きの顔で空を見上げた。

 数万羽はいるであろう鴉たちは高度を下げると、朝廷軍に向かって一斉に急降下を始め、前衛部隊に襲いかかった。

 突然の鴉の攻撃に前衛部隊は大混乱に陥った。

「あれはいったい? 我らにも向かってくるのでしょうか」

 義勇軍の面々もおびただしい鴉の群れに動揺を隠せなかった。

「これが、翅苑の言っていた怨霊の力なのか」

 紫羅義がそう呟いたとき、朝廷軍の左右でも騒ぎが起こった。

 左右から何千という野犬の群れが朝廷軍の側面に襲いかかったのだ。

 魏嵐の手によって怨霊と化した者たちが集結し、報復を開始した。

 いくら鴉の大軍や野犬の群れで襲いかかろうとも、城の中で多くの兵に守られている魏嵐の命を奪うのは容易いことではないし、城外であっても、兵に守られながら、魏嵐は城の中へ逃げ込んでしまい、致命傷を与えるのは無理なことであった。

 怨霊たちは朝廷軍の力を削ぐことだけにその力を使い、魏嵐への報復を紫羅義に全て委ねることにしたのだ。

「鴉たちは我らを襲うことはない! あれは天が魏嵐を滅ぼそうとしているのだ、今こそ、偽りの朝廷軍を撃ち破るときぞ!」

 紫羅義は振り返り激を飛ばし、剣を抜いた。

「行くぞ!」

 先頭で駆け出した紫羅義の後に全軍が咆哮とともに続いた。

 義勇軍は地を這う一匹の巨大な龍のように大地を駆け、朝廷軍の前衛部隊に突入した。

 前衛部隊は鴉の攻撃により大混乱となっており、まともに義勇軍を迎え撃てる状況ではなかった。

 先頭に立ち、朝廷軍に向かった紫羅義の風狼天翔剣は凄まじい威力をみせ、敵とともに空間さえ切り裂くようなその力に周囲の者は圧倒された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ