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紫羅義  作者: 海道 睦月
56/125

その56

 それからしばらくして、紫羅義たちは隗の国に近づいていた。

 紫羅義たちが隗国に近づきつつある頃、さすがの魏嵐皇帝も反乱軍の侵攻に危機感を隠せずにいた。

「近隣諸国からでも兵を集めるには時間がかかります、それに反乱軍に加担しようとする国も現れるかもしれません。早いうちに使者を送り、動員命令を伝えるべきです」

 墨幻蒋はそう進言し、皇帝の命令書を持った早馬は近隣諸国に散っていった。

 紫羅義たちは隗国に入ると、暫らく留まり、羽宮亜の手の者が情報を持って現われるのを待っていた。

「この国を抜ければ、そこは目指す志芭の国であり、どんな結果になろうとも、長い旅はそこで終わる。我らの天命は何であったのか、そこでわかる」

 紫羅義が東を凝視しながら呟くと、周囲にいた者たちも首を東に向けて無言で頷いた。

 隗国は魏嵐の朝廷軍に蹂躙されて、国王や主だった重臣は処刑された。

 そこに入り込んで来たのは、魏嵐とともに前の朝廷を簒奪した略奪者たちであり、今や隗国は完全なる魏嵐皇帝の傀儡国となっていた。

 この国の兵力は三万、だが、この国の兵たちは「右向け右」と言われて右を向く者たちではなく、欲しい物は力で奪い、なりたい地位はその地位の者を亡き者にして手に入れる、そんな者たちであった。元からいた隗国の兵は略奪兵たちを恐れ、皆、逃げ出して、結局、魏嵐に従ってきた者たちだけが残った。

 東進する義勇軍に対して魏嵐は隗国に討伐命令を出した。

「反乱軍は志芭を目指して東進してくる、これを殲滅せよ。頭目及び頭目級の首を持ってきた者には一国を与える。大きな手柄を立てた者には思いのままの恩賞と地位を与える」

 この命令を聞いた隗国の略奪者たちは目の色を変えた。一兵卒であろうとも、国王になれる可能性が平等に与えられたのだ。

 隗の国王も元は魏嵐と行動をともにしてきた者であり、その下に何人かの将軍はいた。だが、指揮命令系統は機能しておらず、各個はバラバラであり、好き勝手に己を鍛錬し、力を発揮する機会を待っていた。

 そこへ絶好の命令が来た。隗国は慌ただしく動き始め、全軍が西に向けて出発する軍備を整えだした。

 後ろは朝廷の国であり、城内に兵を残さなくても背後を襲われる心配はない。魏嵐皇帝の傀儡国に侵攻しようとする国などあるはずもなく、隗国は城に兵を残さず、持てる力を全て反乱軍に注ごうとしていた。

 そして、それらの情報は、羽宮亜の耳にも届いた。

「一番やっかいな者たちがついに出てくるか」

 羽宮亜は腕を組んで空を見上げた。

 指揮も命令もない、欲に目の眩んだ略奪者の群れ、まともに戦えば、義勇軍にも甚大な被害が出るであろうことは予測できた。最終決戦のときは近い、ここで兵を失うわけにはいかなかった。しかし、彼らを叩かなければ、最後の最後のときに周囲の国々は、様子見を決め込んでしまう。なんとしても隗国の凶悪な略奪者の群れを打ち破らなければならなかった。

 敵と遭遇するまでにはまだ時間がある。羽宮亜と神羅威は周囲の地形を見て、それにより、策を考えることにした。

 ここではもう油を調達することもできないし、火薬も使いきってしまっていて、重騎兵を殲滅させた手も使えない。二人は利用できる地の利はないかと地形をつぶさに見て回ることにした。

 敵を討つには道幅が狭く、軍を長く伸ばした所で側面から攻撃するのが一番有効な方法ではあるが、いくら恩賞しか頭の中にない兵でも、そう簡単には誘い込まれはしない。二人はある程度の道幅があり、側面に伏兵を置ける場所を探していたが、そうそう都合の良い場所などあるはずもなく、平地から山間部まで一日掛かりで見て回り、もう日も暮れ、帰ろうとしていた。

そして、川に沿って進んでいるとき、神羅威が馬を止めた。

「この川は……」

 そう言いながら神羅威は河川敷の中に入って行った。

 川の幅は広くはないが、両側に広がる河川敷はかなり広く、丸い小さな石が敷き詰められたようにずっと続いていた。

「なんだあ、軍師殿は釣りでもしようってのか」

 同行していた馬元譚は相変わらずで、能天気なことを言っていた。

 川の中に入ると深さはせいぜい膝くらいであり、神羅威は川の中央まで行くと、上流を凝視した。

「この先がどうなっているのか知りたいが、もう日も暮れる、明日は、ここから上流に向かって進んでみよう」

 神羅威は川の上流を見ながら、馬を返し、皆は、帰路についた。

 次の日、再び同じ場所に来ると、川の中に入り上流を目指した。

 川の中を進みながら、羽宮亜は神羅威に尋ねた。

「川の中に誘い込み、水で敵を押し流すつもりか」

「その通りさ、この地形は使えるぞ」

 神羅威は辺りを見回した。

 大きく曲がりくねった河川敷を上流に向かい進むと、川幅はほとんど変わらないが、両側が少しずつ高くなり、さらにその上流は山が迫り狭くなっていた。

 神羅威は馬を止めた。

「ここで水を堰止める」

 そう言いながら、狭くなった場所を見上げた。

 同行した者は辺りを見回した。

「ここに堰を築いて水を溜めるのか、俺もやるのか? 俺は剣以外は持ったことがないんだがな、う~ん」

 馬元譚は唸った。

 次の日から紫羅義たちは土木工事に精を出す人足になっていた。

「正面から戦い、叩き潰す!」

 息まく兵たちを羽宮亜と神羅威はなんとか説得し、川を堰止める工事を開始した。

 水を溜めるだけでなく、川と平行している道を途中で潰し、進んでくれば、そのまま川の中に入るような工事も同時に進め、堰の前には馬が駆け上がれる斜路も作った。

 八千人による大工事は十日ほどかかって完成し、後は隗国軍の兵がここまで進軍してくるのを待つばかりであった。

 それから十日ほど経って、隗国軍が地平の彼方に姿を現した。

 堰の向こうには川の水が満々と溜まり、後はそこまで敵を誘い込むだけであった。

 紫羅義は山間部を背にして平地に五百の兵を置き、今まさに、山間から平地に出てきて、そこで隗国軍と出くわしたようにみせかけた。

 山間部手前の平地に陣を置き、そこで山から出てきた反乱軍を叩くつもりであった隗国軍は、紫羅義たちを見て呆気にとられた。

「おい、あれは、反乱軍じゃねえのか?」

「そうだ。いたぞ! 獲物だ!」

 隗国の兵たちは紫羅義の軍に気づくと獣のような雄叫びをあげ、手柄を人に盗られまいと、まっしぐらに義勇軍に向かって駆けて行き、紫羅義の軍は隗国軍が向かってくると、一斉に向きを変え、山中の道に逃げて行った。

 隗国の軍勢からは、反乱軍が討伐軍と鉢合わせをして、慌てて逃げて行くようにしか見えてはいなかった。

「奴らはまだ戦う準備が全くできていない、一斉に逃げだしたぞ。ここで逃がせば他の者に手柄を横取りされてしまうぞ。国王になる夢を逃がしてたまるかあ!」

 隗国の兵たちは逃げる義勇軍を追いかけた。

 山間部に入り、必死で追いかける隗国の軍は長く伸びた。しかし、両側には伏兵を置けるような場所はなく、軍が分断される心配は皆無であり、隗国軍はひたすら義勇軍を追いかけた行った。

 暫く走ると、前が突然開け、周囲が見通せるようになった。

 幅の広いそこは小さな丸い石が敷き詰められた川のようであったが、水はなく完全に乾いており、その先を義勇軍は全速で逃げていた。

 隗国軍は横に広がりながら全軍が前に続いて河川敷の中に入った。

 追いかける隗国軍は前を逃げていく義勇軍の数など確認できてはおらず、広く曲がりくねった川をひたすら駆け続けた。

 いつの間にか両側には岩肌が迫り、高くなっていたが、前を逃げる義勇軍に目を奪われた者たちにはそれが見えてはいなかった。

「恩賞は目の前だぞ!」

 義勇軍との距離が縮まり、隗国兵たちが叫びながら大きく蛇行した場所を曲がったとき、見たこともない巨大な堰が前方に姿を現した。


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