その5
十日後、最後の軍が到着し、二十五万の大軍が勢揃いし、唐元の地に布陣した。
敵は明日にも目の前に現れるかもしれない、先の戦いにおける大敗の要因を聞いていた真維貴将軍は、軍を前衛軍、左軍、右軍、後衛軍に分け、中央に主力の軍を置き、前方だけでなく四方を警戒するとともに、遠くまで複数の斥候を放ち、進軍してくる反乱軍の動向を探らせていた。
「我が軍は敵の四倍の兵力だが先に仕掛けず、相手が突入してくるまで待つ。まず、前衛軍が敵の足を止め、左右軍で囲み、主力軍で叩く。相手は長い行軍で疲労も激しく食料も乏しいのだ、必ず短期決戦で来る、敵を囲み、これを殲滅させる、全軍に周知徹底させよ」
真維貴将軍は各軍を指揮する諸将を集め指示した。
軍議の最中に反乱軍の動きを探りに出た斥候が戻り状況を報告した。
「反乱軍はあの山の麓まで来て布陣しました。他の者が引き続き見張り、動きがあればすぐに報告にくるはずです」
斥候は遠くに霞む山を指差した。
「あそこか、その気になればここまで一日、休養をとりながら策を練っているのか。他に変わったことはあるのか?」
「はっ、敵の陣は一つではなく、かなりの距離を置いて七、八箇所に分かれております、中央に位置する陣には『魏』の旗が特に多く立っておりました」
将軍の問いに斥候はそう答えた。
「陣を分けていると、う~む、魏嵐のいる本隊を中に置き、それを守るように周囲を囲んでいるわけか」
「陣をいくつに分けていようが、策を練ろうが、我らの士気と体制は万全です、奴らの動向を見張って動きを逐一捉えていれば恐れることは何もありません」
集まっていた諸将たちはそんな内容を口々に語った。
確かに朝廷軍の敵に対する備えは万全であった、だが、一つだけ盲点があったのだ。
魏嵐軍は四日経っても五日経っても動こうとはしなかった。見張りの者たちからも動く気配はないと、一日数回の報告が上がってくる、集結時の高揚した士気は少しずつ低下しており、真維貴将軍は気を引き締めるために他の将軍や軍中の要職にある者を集め、士気の低下を防ごうとしていた。
将軍が諸将を集め、話しているそこに朱浬の都からの早馬が駆け込んできた。
「将軍、朱浬の都に魏嵐軍が現れました、すぐに戻り、都を守れとの陛下のご命令でございます!」
都から全力で駆けてきたであろう使者は、馬から転げ落ちるように降り、報告すると、気が抜けたのか、その場で意識を失った。
将軍や指揮官たちは意味がわからなかった、なぜ魏嵐軍が都に出現するのか、では、前方に布陣している軍は何なのか、もし都が本当に攻撃されているなら、自分たちの家族は、家はどうなるのか、その不安は池に投げた石が起こす波紋のように全軍に広がっていった。
彼らの盲点、それは目の前の軍勢以外、都を襲う者などいないという油断だったのだ。乱世ならばいつ敵が襲うかもしれないので、何処でいかなる戦いが起こっても首都の防衛は怠らない、しかし、天下が統一されて二百年、小さな反乱は起こっても大きな軍事行動はなかったので、天子のいる都を急襲する者などいないと誰もが思い込んでいた。それでも一万の軍は残していたのだが、魏嵐軍参謀の墨幻蒋は首都防衛の兵の数は一万に満たないであろうと予測し、五万の軍を迂回させ都を急襲させる策を立てた。
朱浬の都は高い城壁に囲まれ、その中に町があり、中央には天子の住む宮殿があって、それを囲むようにさらにもう一つの城壁が中にあった。
魏嵐軍は町を囲む城壁の西側に現れ攻撃を開始し、慌てた守備隊一万は西側に集結してこれを防ごうとしたが、突如として東側に別の軍勢が現れ、東側の門を破り城内になだれ込んできた。
先頭にいたのは魏嵐自身であった。
墨幻蒋は迂回させた軍をさらに二手に分け、西側に注意を向けさせておき、東側から魏嵐自身が率いる軍勢が突入するという策を進言した。陣をいくつかに分け、進軍してこなかったのは、数を把握しにくくし、迂回した軍が都を攻撃するまでの時間稼ぎだったのだ。
「すぐに都に戻るべきか、前方の敵を叩いてから戻るべきか」
真維貴将軍は迷っていた。
「すぐにも戻りたいと思う気持ちは誰もが同じです。兵士たちは残した家族のことが気になり一刻も早く戻りたいと思っています。近隣から参戦した十五万の兵士たちも朱浬の都が落ちれば次は自分の国ではなかろうか、国にはほとんど守備する兵士は残してきてはいないと、浮足立っております。しかし、この状況で撤退すれば背後から攻撃を受け、窮地に立たされることは間違いないでしょう」
副官は険しい表情で司令官と集まった者たちの顔を見ながら言った。
「では、どうすればいい? 誰か良い策はないのか」
真維貴が問うと、皆は無言で下を向いた。
日も暮れかけたとき、都から第二の使者が飛び込んできた。
「城壁の西側に敵が現れ、応戦していましたが、東側にも軍勢が現れ、このままでは門が破られます、一刻も早くお戻りください」
使者は大声で叫んだ。