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紫羅義  作者: 海道 睦月
47/125

その47

「ここまでか!」

 史瑛夏が諦めかけたとき、義勇軍がその姿を現した。

 紫羅義たちの軍勢はそのまま蘆震石軍の後方に突っ込み、後方にいた蘆震石や欽隆成は何事が起きたのかわからず、ただただ逃げ惑った。

 紫羅義は那岐一族とともに史瑛夏将軍の元まで一気に駆け抜けた。

「人質は我らが助け、保護した。存分に戦われよ!」

 紫羅義は、史瑛夏だけでなく他の者にも聞こえるように、ありったけの声で叫んだ。

「紫羅義殿がなぜ?」

 史瑛夏は混乱したが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。すぐに五百騎ほどを引き連れ相手の後方に回り込み、逃げようとしていた蘆震石とその取り巻きを斬った。

「蘆震石は討ち取った、これ以上の戦いは無意味ぞ!」

 史瑛夏が叫ぶと農民兵は茫然とし、そして次々に逃げ出した。

 圧倒的不利な状況で始まった戦いは、紫羅義たちの機転と援護で、辛うじて唯国軍の勝利に終わった。

「お陰で城は救われました。しかし、なぜ我らを助けたのです、蘆震石が勝利し、東へ進めば、あなた方の負担は少なくなるのに」

 史瑛夏は真っ直ぐな目で紫羅義を見て尋ねた。

「我らが志芭の国を目指し、皇帝を倒そうとするのは、現王朝が天下の民を踏みつけ、己の欲のために苦しめているからです。同じ欲を持って進む者は、たとえ、魏嵐王朝を倒す目的の軍であっても、我らとは志を同じくする者ではないのです」

 紫羅義は険しい表情でそう答えた。

「次は我らが戦う番ですね。ここから北に向かった所に広い平地があります、明朝、そこで雌雄を決しましょう。では」

 紫羅義の軍は唯国軍に背を向けて引き上げ始め、史瑛夏はその後ろ姿を複雑な表情で見ていた。

 羽宮亜と神羅威は頭を寄せ合い、何か良い方法はないかと模索したが、有効な策は何も見出だせずに空を仰いだ。双方ともに全兵が正面から小細工なしの戦いを望んでいる、策などあろうはずはなかった。

 次の日、同時刻に両軍は到着し、ほぼ同数の兵が対峙した。

 羽宮亜と神羅威は覚悟を決めたように先頭に立っていた。

 義勇軍に連なる顔は、どれも、これから起こる戦いが待ちきれないという表情で、笑みさえ浮かべている者もいた。

「この人たちは頭の天辺からつま先まで武人なのだ。強い者を見れば戦いたいと本能的にそう思うのだろう、史瑛夏将軍のような人間に正面から、と言われれば、もう戦うことしか頭の中にはないのだな」

 羽宮亜と神羅威は周りにある顔を見渡してから小さく首を横に振った。

「二人とも、俺が守ってやるぞ。俺から離れるなよ」

 後ろから馬元譚が声をかけた。

 真っ先に戦いの中に突っ込もうとする武人がそう言ったのは、沈んだ顔をしている二人に対しての彼なりの気遣いであった。その気遣いがわかる二人は精一杯の笑顔を作って馬元譚に頭を下げた。

 両軍の距離が縮まり、いざ決戦というときに一騎が進み出てきた。史瑛夏であった。

「我らも一緒に連れていっていただきたい」

 彼は紫羅義の眼前まで来ると馬を降り、両の拳を握り合わせ、彼の後ろに控えていた者たちも全員が馬を降り、同じように挨拶をした。

「な、なんと!」

 さすがに紫羅義も他の者も驚いた。

「志を同じくする者が増えるのは心強い限りだが、いったいどうしたのです?」

 紫羅義も馬を降り史瑛夏に歩み寄った。

「我らも自分の心に忠実に生きてみたくなったのです」

 史瑛夏は蘆震石との戦いを、叔父である国王に報告にいったときのことを語り始めた。

 国王は家臣の気持ちを理解できる人であり、甥が自分の意に反し、朝廷の属国になっていることに悔しい思いをしていることをよく知っていた。

 国王は史瑛夏が唯国のため、民のためにその気持ちを表には出さず、さらに本来なら志を同じくする紫羅義たちと、自分の心を押し殺し戦わねばならないことが、どれほど辛いことであろうかと心を痛めていた。その紫羅義たちに助けられたと知って、国王もまた、自分の心に忠実に生きることを決めた。

「史瑛夏よ、紫羅義たちとともに行きたいのであろう、行くがよい」

 国王の言葉に皆は驚いた。

「し、しかし、私が紫羅義殿と行動を共にすれば、この国は謀反に加担したものとして朝廷の軍に攻められます」

 いつも冷静な史瑛夏が声を荒げて言った。

「よい。お前の指揮下の兵がいなくなったとて、まだ我が国には二万五千の兵と勇猛な将軍たちがいる、近隣の国が朝廷の命を受けて攻めてきたとてそう簡単には負けやせん、大軍に攻められたのならそのときはそのとき、潔く散ってくれるわ。それに、お前が加われば、それを聞いた魏嵐に不満を持つ国々の中で立ち上がる者もきっといる。史瑛夏よ、この国の行く末が心配なら、お前の力で現王朝を倒し、新しい風を起こしてくれ」

 国王の言葉を聞くと、史瑛夏は崩れ落ちるように床に手をつき泣いた。


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