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紫羅義  作者: 海道 睦月
44/125

その44

 紫羅義たち一行は(ゆい)と言う国に入り、しばらくの間、情報収集のために留まっていた。

 羽宮亜の手の者はこの国の中にも入りこんでいたが、彼らのもたらした情報は一番厄介なものであった。

「唯の国の国王は(こう)(てん)(げん)という者であり名君である。従って臣と民は国王を慕っている」

 紫羅義たちにとってこの国は叩くべき国であるのかどうか、それを確かめるべく、あちらこちらで商人を装い、国王の評判を尋ね歩いていたのだが、戻って来た者たちの話を聞くと、誰に尋ねても、国王の評判は良かった。

 紫羅義もどうするべきかと悩んだ。

 朝廷に従っているということは魏嵐王朝の属国であり、志芭国に向かう直線上にある国は全て叩き、そして、進まねばならない、しかし、臣も民も信頼している王がいる国を叩くのはどうなのか、かと言って、義勇軍に戦う意志がなくても、朝廷からの反乱軍討伐の命が下れば唯国は躊躇なく軍勢を繰り出すだろう。

 唯国の擁している軍は三万、士気が上がらないところにその数の軍が繰り出されれば、万に一つの勝ち目はなく、進むに進めず、紫羅義たちは留まっていた。

 そんなとき、千騎ほどの軍が義勇軍に近づいて行った。戦いを仕掛けてくる様子はなく、近づいてくるその騎馬部隊の先頭に立つ者に紫羅義は見覚えがあった。それは蘆震石軍の参謀長欽隆成であり、蘆震石がどんな人物か、会いに行ったときに対応した人物だった。

「我らと同じく東へ進む反乱軍がいると聞いて様子を見に来たが、お主であったか、これだけの人数がいたとは驚いた。蘆震石様を大将軍と仰ぐ我らの軍は十万余、今からでも遅くはない、これだけの人数を従えて馳せ参じればそれなりの地位をもらえるぞ、我が軍は唯の国の城に進軍する、そのときに手柄を立てれば、さらに上の地位に行けるだろう、どうだ、我らと一緒に来るか。まあ、お前たちの出る幕はないかもしれんが。我らには絶対に勝つ秘策があるからな」

 欽隆成は横柄な態度で言った。

「いや、我らは我らの戦い方で東へ向かいます」

 紫羅義は傘下に入るのを断った。

「ふん、では好きにするがいい、我らの後を付いてきて、残り物でも漁るんだな」

 欽隆成は馬を返し、引き上げていった。

 その次の日、今度は二百騎ほどの一団が義勇軍に近づいて行ったが、こちらも戦う意志はないようだった。一騎が前に出てきて紫羅義と相対した。

「紫羅義殿の軍とお見受けする、私は唯の国の将軍で()(えい)()と申す」

 はっきりとした口調でそう言った男は、将軍というには驚くほど若く、また毅然とした眉目秀麗な男であった。

「私が紫羅義です、唯の国の将軍殿がなにゆえここに来られたのか」

 紫羅義も前に進み出た。

「あなた方の動向は、私の手の者によって、ずっと報告を受けていた。定海や涼東の地で農民を助けたことも聞いている。ただの反乱軍ではないと思い、その軍を束ねる者にどうしても会ってみたいと思っていたのです。やはり思った通りの人物でありましたな」

 史瑛夏は紫羅義を涼やかな、それでいて全てを見透かすような目で見た。

「我らはいかなる者が前に立ち塞がろうとも、それを越えて東への道を目指さなければなりません。このまま進めばあなた方と対峙し、戦うことになるでしょう。しかし我らは負けるわけにはいかないのです。あなたたちが前に立ち塞がるなら全力で戦いましょう」

 今まで戦うことに迷いがあった紫羅義だが、史瑛夏を見て戦うことを決意した。

「我らも負けるわけにはいかないのです。魏嵐王朝のために大基治の大陸全体が腐敗の一途を辿っているのはわかっている、あなた方が正義であることも。だが、この戦いに負ければ、魏嵐は新しい指導者をこの地に派遣するだろう、そうなれば、幸せに暮らしているこの国の民が疲弊するのは目に見えている。かといって、我が国は王朝に抗うだけの力はない、身勝手と言われようとも、我らは唯の国と民を守るために戦わなければならないのです」

 史瑛夏は自分の不甲斐なさを悔しがるように語った。

「あなた方が攻めて来たら、私の指揮する五千の兵は城から打って出て正面から正々堂々と戦い、それをもって勝敗とすることを約束します。国王は私の叔父です。我らが負ければ、それ以上の戦いをしないと説得します」

 史瑛夏はそう付け加えた。

「まずい!」

 羽宮亜と神羅威は同時に言葉を発し、顔を見合わせた。


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