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紫羅義  作者: 海道 睦月
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その4

 壁が倒れれば全力疾走するように調教され、しかも背中には火がついている、壁が倒れると同時に彼らは前方の軍など目に入らないかのように一直線に駆けていった。

「ややっ、何だ、あれは、背中に火のついた馬が向かってくるではないか」

 驚いている間に野生馬たちは朝廷軍の中に突っ込んできた。

 兵士たちは慌て、彼らの乗る馬も、火の付いた仲間が駆け込んできたので暴れまくり、制御不能となって軍の前方は大混乱に陥った。それと同時に、朝廷軍の両側から突撃の太鼓が打ち鳴らされると喚声があがり、岩山の陰から軍勢が現れた。

 その旗には『魏』の文字が描かれていた。

「伏兵だ!」

 両側面から悲鳴に近い声があがった。

 壁は馬を隠すだけのものでなく、魏嵐軍の数をも読めないようにしていたのだ。

 軍を率いる将軍ならば伏兵を警戒するのは当たり前のことなのだが、相手は烏合の衆であり、壁の向こうで大軍勢である自分たちを迎え撃つのがやっとだろうという思い上がりが軍を率いる者たちの目を曇らせていた。

 左右から突撃してきた魏嵐軍は朝廷軍の内側に向けて一斉に矢を放った。

 外の様子が理解できてない内側で隊列を組んでいる兵士たちにすれば、前方で騒ぎが起こり、次に側面で悲鳴が上がり、そして、頭上から矢が雨のように降ってくればどうしていいかわからなくなる。前衛、両側面、内側にそれぞれ混乱が起こり、軍の指揮は乱れに乱れた。

「落ち着け、隊列を立て直せ!」

 前衛部隊の後ろにいた総司令官である烈泰真が叫んだとき、前方にある残りの壁が倒され、魏嵐軍の主力が朝廷軍に突入した。

 隊列を乱していた前衛の軍は、あっという間に蹴散らされ、敵は将軍の眼前に迫った。

「将軍、防ぎきれません、お逃げください!」

 副官が叫んだがすでに遅かった。

 三百騎ほどの一団が周りには見向きもせずに、朝廷軍の中に一気に突っ込んで行った。

 彼らは前衛部隊の後ろで指揮をとっているであろう総司令官のみに狙いを定め、これを討てと命令されていたのだ。

 将軍の周囲にいた部下たちが防ごうとしたが、敵の勢いははるかに彼らを上回り、烈泰真将軍は白刃が乱舞する中で討たれ、馬上から転げ落ちた。

 次に彼らが命令されていたのは、総司令官を倒したのなら、ありったけの声で叫べということだった。

「司令官を討ち取ったぞ」

 口々にそう叫ぶと、その声は後方に伝染していった。

「烈泰真将軍が討ち取られたぞ、負け戦だ、逃げろ」

 叫んだ言葉は、負け戦という内容に変わり、さらに後方に伝わっていった。

 予想外の三方からの攻撃、さらに総司令官まで倒され、軍は統制を失いすでに勝敗は決まったも同然だった。

 逃げる、もうそれしか選択肢はない、何処へ。道は一つしかない、自分たちが進軍してきた道を逃げ帰るしかないのだ。もう戦いどころではない、我先にと反転し、逃げる兵士たちが見たのは自分たちが来た道から向かってくる一万ほどの軍勢だった。そして、この旗にも『魏』の文字が刻まれていた。

 参謀である墨幻蒋は敵の動きを全て予測し、一万の兵を朝廷軍の進んで来るであろう道に隠し、敵が通過した後に隊列を組み、逃げてきた者を全て討ち取れと指示していたのである。

 もう自分の国に逃げ帰ろうという気持ちだけの兵士たちは退路を絶たれ、絶望的な悲鳴をあげながら逃げ惑い、生き残った者は、必死で志芭国を目指した。

 二十万で出撃した朝廷軍は取り返しのつかない打撃を受け、戻った兵士は半分にも満たなかった。

 この報告を受け、重臣たちもさすがに慌てた。

 再度、反乱軍を迎え撃つべく近隣の属国に動員命令が下り、今度は、(しん)()()という大将軍が総司令官に任命された。将軍は軍備が整い次第、志芭の都である朱浬から西へ馬で五日ほどの、(とう)(げん)という地に終結するよう諸国に命令書を送ってほしいと皇帝に進言した。

 真維貴将軍は志芭国を支えてきた名将に数えられ一人であったが、今回の出撃はあまりに朝廷側に不利であり、彼の表情は曇っていた。

 皇帝の勅旨によって集まってくるであろう軍勢は十五万、そして朝廷の直属の軍勢が十万、これだけの数の軍備を整えるにはあまりにも時間が足りなかった。近隣の属国から集められた軍においては統制を図るのも難しいし、先の烈泰真将軍の大敗により兵士たちも浮き足だっている、だが、敵はもう眼前に迫っている、迷っている時間はないのだ、全軍をもって反乱軍を撃破しなければ、朱浬の都は彼らに蹂躙され全てが終わるのだ。

「集結場所である唐元に急がなければ」

 そう呟くと、真維貴将軍は軍勢を包む暗雲を吹き飛ばすように、ありったけの声で出撃を命じた。

 出撃の太鼓が打ち鳴らされ、十万の軍は土煙を巻き上げながら進軍を開始した。ある者は家族や愛する者を守るために、ある者は手柄をたて恩賞を賜るために、そしてある者は己の名を後世に残すために、それぞれの思いを胸に刻み、決戦の場である唐元の地を目指した。


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