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紫羅義  作者: 海道 睦月
35/125

その35

 一行が(れん)という国に入り、荒れ地を進んでいるとき、一人の農民が声をかけて来た。

 この近くの畑で作業をしていて紫羅義一行を見かけ、その只者とは思えぬ威風に引き寄せられて思わず声をかけたという。

 彼の名は(ぜん)()(ほう)、今でこそ田畑を耕しているが元は簾の国の兵士であった。これから簾国の中を進んでいかねばならない、羽宮亜の手の者もこの国の中にすでに根付いてはいたが、元兵士の情報があれば、それほどありがたいものはない。

 彼の話によると、この国の王は優柔不断で決断力に乏しく酒好きの暗愚な国王であり、そんな国王であるから朝廷も謀反の心配もなく忠実な属国として、国王をそのままにして簾国を治めさせているらしい。その国王の元、家臣たちは賄賂で私服を肥やし、利権争いに明け暮れていたが、このような国がなんとか存続できていたのは軍部の要職にあった(りゅう)(けん)(おう)という大将軍が、なんとか国を支えていたからだった。全李鵬は彼の部下だった。

 劉健皇大将軍は国王の信任厚く、下の者からも慕われていた。しかし、私服を肥やし、権力を思うままにしたい者からすれば、まさしく目の上の瘤であり、大将軍を邪魔者とするその筆頭がなんと宰相である(そん)()(りょう)という者だった。

 孫夏亮は大将軍さえいなければ、国王を傀儡として操り、この国に君臨することができると常々そう思っており、なんとか大将軍を追い出そうと考えていた。しかし、国王からの信頼も大きく、彼を慕う部下や家臣も多い、迂闊に動けば自分自身が危うくなることはよくわかっていたので、彼は誰からも文句が出ない方法を考えだした。

 あるとき、孫夏亮は劉健皇将軍にこんな話をした。

「大将軍のご子息もそろそろ嫁をとる時期でございますな、国王の末のご息女は十六歳になられたが、いまだに決まったお相手はいないとか。いかがでしょう、二人を添え遂げさせるというのは。いつもお世話になっている将軍のために、この私が微力ながらお手伝いさせていただきたいと思うのですが」

 劉健皇は話を聞いて喜んだ。

 彼には(りゅう)(けん)(せい)という二十五歳になる一人息子がいた。そして、国王には三人の娘がいて、長女と次女は既に夫がいたが、末の娘はまだ父である国王に纏わりついていた。

 無能な国王とは言え国王は国王、その親族になるということは、自分の地位と家の安泰につながることは間違いないことだった。

「とにかく一度両者を引き合わせなければ話は進みません、国王には内密にして、彼女の二人の姉の力も借りて、段取りをつけましょう、そのうえで双方が気に入ったのなら、私が頃合いを見計らって国王に話を持ち出します、きっと上手くゆきますよ」

 孫夏亮は自分自身の言った言葉に頷いた。

 だが、その頷きには深い意味があったのだ。

 孫夏亮は劉健皇の元に使者を送り、両者を引き合わせる場所と日時を伝えた。

 場所は三姉妹の長女の屋敷、当日は次女とその夫も親族として同席し、孫夏亮と劉健皇も立ち会った。もちろん、皆にはまだ内々のことだし、先はどうなるかわからないので、国王の耳には入れないようにと話してあった。

 長女と次女の夫は簾国の重臣であり年も上であった。

 確かに彼らの地位は上がり、発言力も大きくはなった。しかし、奥方は国王の娘なので日々、相手のご機嫌を伺うような生活を強いられていた。夫婦喧嘩にでもなって、父である国王に告げ口をされれば、どうなるかわかったものではない、娘も娘で、甘やかされて育てられたので、我が侭がそのまま服を着て歩いているようなものだったし、年上の夫を夫とも思わないような態度だったのである。

 それは末の娘も同じであった。しかも、孫夏亮は事前に、この我が侭な三姉妹にあることを言い含めていた。

「最初が肝要です、大王様の娘として威厳を示さねばなりません、夫となる者であっても外からの血筋、遠慮することはありませぬぞ」

 と、煽っていたのだ。

 劉健皇と劉賢誠の父子にとって、屋敷にいる時間は、国王の娘たちの我が侭放題と、夫たる者の惨めさを目の当たりにする時間以外のなにものでもなかった。

「あれが王族の娘というものなのでしょうか、私にはとても耐えることはできません」

 帰りの道で息子は大きくため息をついた。

「そうだな、いくら地位と家が磐石のものとなるとはいえ、お前を犠牲にしてまでそれを得ようとは思わない、宰相に話して、縁談の件はなかったことにしてもらおう」

 父も彼女たちの我侭放題に呆れて、息子の婚礼の件は断ることに決めた。

 しかし、孫夏亮は次の日の朝、重臣たちが登城する前に国王の元に行き、こう進言した。

「我が国は劉健皇大将軍によって支えられているのは周知の事実、しかし、その力が大きければ大きいほど、大将軍が抜けたときにその穴もまた大きくなります。劉健皇大将軍とていつ心変わりをするかわかりません、そこで将軍をこの国に繋ぎとめておく最善の方法がございます」

「おお、確かに宰相の申す通りだ、してその方法とはいかなるものか」

 国王は身を乗り出して訪ねた。

「劉健皇大将軍には劉賢誠という二十五歳になる一人息子がおり、将として一軍を率いております。彼はまだ独り者、そして大王様においてはご息女が三人おられ、末のお嬢様はまだ決まった相手がおられないとか、両者が結ばれれば、こんなめでたいことはございません。あちらとしても大王様の親族になるわけですからこれは願ってもないことかと。親族になればこの国を想う心はより強くなるはずです。しかし、もし、将軍に二心があるなら、この縁談を何か理由をつけて断るでしょう、劉健皇将軍の忠義の心も確かめることができます、大王様自らが直にお聞きになって、その目と耳で確かめられてはいかがでございましょう、まさに最上の方法かと思われますが」

 孫夏亮は深々と頭を下げた。

「うむ、そうじゃな、大将軍の息子が有能とはわしも聞いている、娘も、もう十六歳じゃ、若き有能な将に嫁ぐなら悪くはなかろう、大将軍の心の中をわしも知りたい、宰相よ、わし自らが直接聞いてみる、劉健皇将軍はまだ来ておらんのか、来たら、すぐここに呼べ」

 国王は長女の屋敷の出来事など知る由もなかった。

 孫夏亮は劉健皇が来るのを待ち構えていた。


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