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紫羅義  作者: 海道 睦月
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その3

「どうすればよいのか」

 志芭国皇帝である(ちょう)(げっ)(しょう)は重臣たちに尋ねた。

 朝廷に弓引く反乱軍、それも十数万に膨れ上がった大軍が都を目指してくるとの報告を受け、皇帝は狼狽して重臣たちの意見を求めた。

 大基治大陸は遠い昔より、いくつもの国に別れて、それぞれに力ある者が王を名乗り、覇権争いを繰り返していたが、志芭国の王、(ちょう)(げっ)(たん)が武力と外交により大陸のほぼ全土を支配下に置き、志芭王朝の創始者として皇帝を名乗った。

 それから王朝は二百余年続き、今は十二代目の超月章が皇帝の座にいたが、歴代の皇帝たちは酒と女に溺れ、政治をかえりみないお飾りの存在で、朝廷内部は覇権と利権争いが渦巻き、腐敗の一途を辿っていた。しかし、その中で前皇帝、月章の父、(ちょう)(たい)(げん)は名君と呼ばれ、天下の民は数十年の平和を謳歌した。その時代、天下は太平であったが、朝廷内部は誰が皇太子になるかという、次の皇帝の世襲争いで揺れていた。

 皇帝の権力は絶対である。権力と利権を貪る重臣たちにしてみれば、天子は政治をかえりみない愚か者の方が扱い易い、その絶対権力者を操縦できれば、事は思いのままなのだ。

 重臣だけでなく、皇太子候補の我が子を持つ側室たちとその親類縁者、取り巻きたちも、その権力の魅力に取り憑かれ暗躍していた。

 醜い派閥争いの末、暗愚な長男、超月章が皇太子に立てられ、そのまま皇帝の座についたが、彼は政治に関心を持たず、酒と女に溺れ、重臣たちは覇権争いに明け暮れるばかりでなく、賄賂を求め、農民からの搾取は過酷になる一方であり、朝廷内部がこのような状態では国内が乱れるのは当然であった。そして、天命により新王朝の創始者にならんとする者があちこちで名乗りをあげた。

 魏嵐の軍が強大になると、散っていた集団が徐々にその傘下に入り始め、軍はますます大きな集団となり志芭の都、(しゅ)()を目指して進み始めた。

 どうしたらよいかとの問いに重臣たちは黙っていたが、ひれ伏したまま宰相である()(げん)()が答えた。

「ご心配には及びません、天命を受けた陛下の元に集いし軍は誰にも負けるわけはございません、陛下の軍勢は精鋭中の精鋭、反乱軍など瞬く間に蹴散らしましょう、どうかご安心を」

 暗愚な皇帝は深く頷いた。

「そうじゃな、天子の軍が負けるはずはないな」

 そう言うと安堵した表情をみせ、天井を仰ぎ見ながら口元を綻ばせた

「今宵はどの女と……」

 愚かな皇帝の心はすでに夜の帳の中へ飛んでいるようだった。

「ご安心ください」

 重臣たちは言葉ではそう言ったものの、外へ出ると彼らの態度は一変した。

「戦うのは我らではないし、やばくなったら、相手に寝返えればいい、我らは政治の中心にいるのだから重用してくれるだろう、あるいは貯めた財を持って他国に逃げるか」

 重臣たちはそんな言葉を平然と口にした。

 天子も天子なら重臣も重臣であった。

 魏嵐軍十万に対して朝廷は鎮圧軍二十万を動員し、軍勢は反乱軍を迎え撃つべく志芭の国を後にした。

 志芭国に近づきつつある魏嵐の軍勢の中に(ぼく)(げん)(しょう)という者がいた。

 彼は諸国を巡り、独自の兵法論を持ち、いつかそれを試したいと思っていた。頭の切れる人物であったが、この男もまた冷徹で悪しき心を持っていた。引き寄せられるように魏嵐の陣営に入り込むと、魏嵐はこの男の才能を高く評価し、自分のそばに置いて総参謀長の地位を与えた。

 軍議の席で墨幻蒋は進言した。

「正面から戦う必要はありません、彼らを使いましょう」

 一同が墨幻蒋を見て怪訝な表情で尋ねた。

「彼らとは誰のことです?」

 総参謀長はニヤリと笑った。

「この近くに彼らはいます、野生馬がね、しかもたくさんいるのです」

 そう言って遠くに目を向けた。

「野生馬を使うというのか、面白い、この戦いはお前に任せよう」

「お任せください、必ずや朝廷軍を蹴散らせてご覧にいれます」

 魏嵐の言葉を聞いて、墨幻蒋は満足そうに答えた。

 彼は諸国を巡っていたときに、戦いの場になるであろう(あん)(ねい)という地に野生馬がたくさんいることをその目で見て知っていたのだ。そして、その地は、両側に岩山が迫るという魏嵐の軍に有利に働くもうひとつの利点があった。朝廷軍よりも先に到着し、その地に布陣し、敵を迎え撃つ。それが作戦の第一段階であり、設営した陣の前面に倒れる仕組みの板壁を作り、その裏側に囲いを設けて、その中に捕獲した数百にも及ぶ野生馬たちを放して訓練を開始した。

 訓練というより条件反射という名の調教であり、馬に跨がり、壁が倒れると同時に敵が進んでくるであろう前面に向け全力疾走する、これを何度も繰り返した。

 布陣してから数日後、朝廷軍が現れた。

 軍を率いるのは、(れつ)(たい)(しん)という何代にもわたり志芭国に忠義を尽くしてきた家系の世襲将軍であり、親から受け継いで将軍になったようなもので、今まで小さい反乱は何度か軍を率いて鎮圧してきたが、大きな軍事行動はこれが始めてであった。

 将軍は魏嵐軍をなめていた、今まで反乱軍を鎮圧してきた彼にとっては、今回の相手は数こそ多いものの単なる烏合の衆、という思いがあり、それは部下にも伝わり、相手をなめてかかる気持ちは軍全体に蔓延していた。野盗や仕官もできない各地の弱小派閥の寄せ集めであり、しかもこちらの数は相手の倍、戦えば必ず勝つと誰もが思っていたのだ。油断、慢心、驕り、そして、二十万もの兵がいれば、俺が戦わなくても誰かが戦うだろうと皆が思っており、実際はこの朝廷軍こそがまさに烏合の衆だったのである。

 だが、相手はもはや烏合の衆ではなかった、強烈な悪のカリスマ性を持つ魏嵐と、彼に引き寄せられるように集まった参謀役たちによって、すでに、統制のとれた強力な武闘集団となっていたのだ。

 そして両軍は相対した。

「将軍、敵は何やら壁を築いて待ち構えているようですが」

 部下のその言葉に烈泰信はせせら笑らった。

「ふん、あんな壁で我らを防ぐつもりか、笑わせる。全軍をもって壁もろとも一気に踏み潰してくれる」

 手を高く上げ、合図をすると、進軍の太鼓が鳴り響き、二十万の軍はモウモウと土煙を上げ進み始めた。

 馬上の烈泰真は身をのけ反らせて冷めた目で板壁を見据えながら進み、そんな将軍が率いる朝廷軍を、反乱軍は壁の中から冷静に見ていた。

 囲いの中にいる野生馬たちの背には藁や枯れ草が巻き付けてあった。

「よし、やれ!」

 墨幻蒋の声がかかると、兵たちは背中の藁に一斉に火を付け、急いで囲いの外に飛び出して逃げた。

 背中に火を付けられた野生馬たちは囲いの中で暴れ回り、逃げ場を求め、朝廷軍が正面に迫ってきたときに壁が倒されると、馬たちは狂ったように一斉に飛び出した。


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