その26
「すでに頭の中ではその人数による涼東城の攻略を考えているのか」
羽宮亜は神羅威の横顔を見ながら呟いた。
「とにかく行ってみましょう、伯淳桂老人から道順は聞いていますから」
神羅威が立ち上がると、皆も立ち上がりそれぞれの馬に跨り村を後にした。
数日後、伯淳桂の指示した地に着いた。
「ここか」
一行の前には伯淳桂の屋敷に匹敵するような大きな門が来る者を威圧しており、近づくと門が静かに開き、一人の老人を先頭に男たちがゾロゾロと出てきた。その姿を見て一行は目を見張った。先頭の老齢の男が洸伯昌であることは間違いない、彼は伯淳桂と同じくらいの年ではあったが、その体が究極まで鍛え上げられていることは、誰の目にも明らかだった。
「ほ~」
武術の達人を自負する黒雲臥が声を出した。
彼の視線は、洸伯昌よりもその後ろに立っていた一人の男に向けられていた。一目見て、その男が只者ではないことを黒雲臥は見抜いていた。
「う~む」
馬元譚も声を上げた。
「世の中は広いな、このような男たちがこれほど一同にいるとは」
彼 も、門から出てきた男たちが尋常ではないことを感じ取っていた。
全員が馬から降り、紫羅義が洸伯昌に近づいていくと、洸伯昌も進み出て、二人は相対した。
洸伯昌は眼光鋭く、歩みながら紫羅義の顔を険しい眼差しで見ていたが、向かい合って紫羅義が挨拶をすると、今まで険しかった顔が崩れ、まるで祖父が孫を見るような笑顔になった。
「よく来られた、話は使者から聞いた」
洸伯昌は両手を差し出した。
「あなたを見て、ここまで来た価値があることがわかりました」
紫羅義がその両手を掴むと、洸伯昌は嬉しそうに笑った。
「使者の言うとおりでしたな、伯淳桂殿があなたに入れ込むのも無理からぬこと、私もあなたを一目見て、彼の気持ちがわかりました、他の方々も良い面構えをしておる」
洸伯昌そう言って全員の顔を見回した。
「定海太守のことは聞きました、私にも情報網はありますのでな、あなたたちの動きは私も追っていたのです、荒涼とした大地に突き刺さった一本の光の矢のようだと、皆は噂しておりますよ」
洸伯昌は嬉しそうに話した。
「武に秀でた者、二百人をあなたに預けましょう、あなたならきっと天意を全うすることでしょう、叙崇国よ」
洸伯昌が後ろの男を見て名を呼ぶと、一人の男が前に進み出た。
「この男は叙崇国と言って、武の道だけでなく、兵法にも精通し、食客連中の頭目的存在です、連れて行けばきっとお役に立つでしょう。叙崇国よ、紫羅義殿に臣下の礼をとりなさい」
叙崇国は手を合わせ、紫羅義に対して臣下の礼を表わした。
「我らは洸伯昌殿に大恩ある身、ずっとお役に立ちたいと思っておりました。今この場において恩を返す機会を与えられたことに感謝致します。我らはこの命を投げ打ってでも恩義に報いる覚悟です」
叙崇国はそう言うと、次に黒雲臥の前に行き、手を差し出した。
黒雲臥もその手を掴み、お互いに渾身の力を込めて握り合い、睨みあった。
「紫羅義殿のお身内にも武術に秀でたお方がいるようじゃ、いつも冷静で最小の動きしかしない叙崇国がここまで興奮するとはめずらしい、差切磋琢磨する相手がそばにいることは幸せなことじゃ、叙崇国よ、良かったのぉ はぁっはっは」
洸伯昌が大声を出して笑うと、叙崇国は黒雲臥の手を離し、一礼すると、今度は照れたように洸伯昌に向かいまた一礼をした。
一行は屋敷でしばし休息をとりながら、これからのことを話し合っていた。
「殷朱烈は朝廷からの視察団に袖の下を渡し、接待漬けにして、領内のことに対しては何も口を出させず、朝廷へもうまく報告してもらっているのだ。搾取はひどく、私財を蓄え、しかも好色で、領内の女は娘であろうと人妻であろうと拉致し城へ連れ込む。ここは殷朱烈の領内からは外れているのでまだ良いが、ここから数日進んだ先の涼東の領内に入ればわしの言ったことがわかるじゃろう」
洸伯昌は首を大きく横に振った。
「……好色」
神羅威の目が鋭く光った。




