その22
道端の木陰に一人の老人が座っており、近づく紫羅義一行を品定めでもするような目で、瞬きもせずに見ていた。
「お前さんが頭かい」
一行が老人の前を通りがかったとき、彼は尋ねた。
「一応そういうことになっていますが」
紫羅義は馬を止め、軽く頭を下げながら答えた。
「わしゃ疲れてもう歩きたくないんじゃ、お前さん、何とかしてくれんかな」
老人は馴れ馴れしい口調で話しかけた。
「おいおい、じいさん、何とかしてくれって、何ともならんぞ」
隣にいた趙子雲が渋い顔で言ったが、紫羅義は苦笑いをしながら馬を降りた。
「よろしかったら私の馬で家まで送りましょう、お乗りください」
老人を馬に乗せると、他の者が自分の馬で、と言ったが紫羅義はきかなかった。
「いや、この御老人は、私の馬に乗りたいようだ、私も少し歩いてみたいと思っていたところだしな」
そう言って老人の乗った馬の手綱を自らの手で引き始めた。
「ほっほっほ、若いのによくできたお方だ」
老人は馬上から愉快そうに笑い、彼は伯淳桂という名で、近所に住む者だと語った。
「この道を入ってくれ」
暫く歩くと老人は横道に入るように指示し、少し歩くと、いきなり道の前が開け、これは城かと思うほどの大きな屋敷が目に飛び込んできた。
羽宮亜の家も大富豪で大きかったが、それ以上の大きさに彼も目を丸くして驚いた。
「ここがわしの家じゃよ」
老人は馬から降ろしてくれと紫羅義に合図し、馬から降りると、スタスタと歩き始め、みんなを門の中に招き入れた。
「わしを送り届けてくれたお礼じゃ、ゆっくりとくつろいでくれ、お前さんたちの人数くらいならいくらでもおもてなしはできるでな、何日いてくれてもかまわんよ、ほっほっほ」
老人はまた愉快そうに笑った。
だが、趙子雲たちは馬から降りず、憮然とした表情をみせていた。彼らにしてみれば富豪とは弱者を虐げ、賄賂を駆使して家を大きくした者という考えがある、そこに世話になるということは自分たちの信条に反するという思いがあるのだ。
「みんなの気持ちはわかる。だが、今は協力者が必要なのだ、「清」だけでは事を成就することはできない「濁」も必要なのだ、我らの目指す目的は清濁合わせ持たなければ、とても成しえることはできない」
紫羅義は馬上の者たちを見上げた。
趙子雲も、馬元譚と黒雲臥の両名も、同時に大きくため息をついた。
「わかりました、我らは紫羅義殿について行くと決めたのです、その考えに従いましょう」
そう言うと趙子雲は馬を降り、部下たちにも馬から降りるように命じた。
屋敷の中に入ると多くの下働きの者たちが忙しそうに動き回り、その者たちとは明らかに違う身なりの者もかなり多くいた。この屋敷の中にも多くの食客がいるのだ。
夕刻、久しぶりにゆっくり風呂に入りくつろいでいた一行は、伯淳桂老人から夕食に招かれ、そして、出会いを祝して宴会が始まった。しばらく大人しく飲んでいた一行も、昼間の憮然とした表情はどこへやら、酒がすすむにつれて、大虎になって浴びるように飲み始めていた。そんな中、伯淳桂は紫羅義ににじり寄り、彼の顔をじっと見ると「うん」と言って大きく頷いた。
「やはりあなたの人相は万人に一人の相じゃ、長年生きてきたが、初めて見る。天下を伺うべく天命を持って生まれた相じゃな」
そして、紫羅義に酒を勧めながら話を続けた。
「わしはご覧の通り、大金持ちになった、もう望むべくものはない、がしかし、紫羅義殿を見ていて、夢をみたくなったのじゃ、あなたは何らかの意思があって志芭国に向かおうとしているのではないですかな。生きているうちに、自分が夢を託した者が天下を治めている姿など見てみたいものじゃ。この老いぼれでは体を動かすことはままならんが、支援はできる」
そう言うと、また紫羅義の顔を食い入るように見つめた。
「己が生き残るために自らが天下を治めること、これが我らの旅の目的です」
紫羅義は飾ることもせず誇張することもなくはっきりした口調で答えた。
「はっはっは、やはり正直なお方だ、天下のために今の王朝を打倒するのではなく己のためとは。いやいや、そういう人間の方が信用できるというもの」
伯淳桂は大笑いしながら、さらに紫羅義に詰め寄った。
「私には富豪、豪商同士の横のつながりがあります。本音を言えば、皆、いつ王朝より無理難題を突きつけられるのではないかという怯えがあって、自分の押すものが天下の主になって欲しいとの思いがあり、利害は一致します。我らの力をお貸ししましょう。金、物資、そして我らが世話をしている食客たちは合わせれば、その数は万を数えるでしょう、あなたの力になれるはずです」
伯淳桂は熱く語った。




