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紫羅義  作者: 海道 睦月
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その2

 鳥や獣ばかりか、草木までもが眠りについているかと思われるような深夜、蝋燭の灯りが揺れる薄暗い大きな部屋にいくつもの影が重なり合い、輪になって集まっていた。

「我らはこれからどうすればいいのか、もう生まれた村に帰ることもできない」

 一人がそう呟くと、他の者たちも下をむいたまま小さく頷いた。

「諦めてはいけません、いかに相手が強い意思と強靭な肉体を持っている者であろうとも弱点はあるはずです。いつかきっと我らの願いは叶うでしょう」

 一人の女が皆を見回し、諭すように言うと、その隣にいた男が続けた。

「そうだ、あの日、我らは心に誓ったのだ、そしてこの道を選んだ、もう戻ることはできない、そうではないか」

 彼は他の者たちに語りかけた。

 一同は顔をあげ、自分の意思を確認するように頷いた。

 彼らが輪になっている中央に一人の男が寝ていた。彼の名は()(らん)、志芭王朝の現皇帝である。

 周囲の気配に目を醒ますと、彼は飛び起きて、枕元にあった剣を掴み、周囲にいる者たちに、いきなり斬りかかった。

「おのれ、亡者共、まだ成仏せずに俺にとり憑き、仇なすか」

 魏嵐皇帝は周囲にまとわりつくように立っている亡霊を振り払うように大剣を振り回し、ふと我にかえって、部屋の片隅の一団に気がつき、濁った目でその者たちを凝視した。

「亡霊共め、毎夜、毎夜現れおって」

 一団の中央には若い女、その後ろにはおびただしい血を流した農民風の男女が怨みの目を向けながら立っている。

 女の名は()(えん)、そして彼女を含め、皆、魏嵐に惨殺された農民たちだった。

 翅苑は地の底から沸き上がるような声で言った。

「武人ならば戦った末に死ぬのは本望だろう、しかし、我らは農民、平和を願い慎ましく暮らし、戦いとは無縁だった、それなのにお前は我らの村に来るや全ての食べる物を奪い、子どもの食べる物だけでも返して欲しいと頼む村人の多くを惨殺した。我らの村だけでなく他の村々でも同じことを。この怨み、忘れようとも忘れられぬ、お前にとり憑き、いつか悶え苦しみながら五体を引き裂かれ、我らの元にくる様を見てやろうぞ」

 魏嵐は長きに渡り存続してきた王朝を倒し、自分が皇帝の座につくために軍勢を率い都に向かって進軍した。その途中、食料を得るために、多くの農民たちを惨殺してきたのだ。

 基治大陸は長年続いた志芭王朝が腐敗し、すでに王朝とは名ばかりになっていた。

 各地で力のある者が勝手に王を名乗るばかりでなく、大小合わせて三十もの国々に別れ、天下統一を目論み、互いに火花を散らし合っていた。そのほかにも英雄、豪傑を自負する者があちこちで集団を形成し、我こそがと、覇を唱え、大陸の中はまさしく麻のように乱れに乱れていた。

 その中で頭角を現し、多くの者を集め、我こそが皇帝に相応しいと、王朝簒奪に名乗りをあげたのが魏嵐なのだ。彼は志芭王朝の中で軍の中枢の立場いたが、傲慢な野心家で、恨まれることも多く、ささいな失敗を反魏嵐派に大きく取り上げられ、国を追放された。

 流れ流れて、ついには野盗にまで身を落としたが、元々は頭脳明晰であり兵法にも精通し、剣の腕にも自信があった彼は、たちまち頭目に担ぎ上げられ、地方に散らばる者たちが彼の名前を聞きつけ集まり、多くの手下を得ることとなった。

「俺が皇帝になってもおかしくはなかろう」

 いつしか野心家の彼は天下を治めてやろうと野望を抱くようになっていた。

 政治の中心が乱れ、国中が戦いの炎に包まれると人々は強い指導者を求め、そこに集まろうとする、強い指導者の元ならば生き残れる可能性が高いが、指導者選びを間違えれば、死に直面することにもなりかねないのだ。その指導者が悪であろうが、濁であろうが、食えて生き残れるならば従うしかない。

 魏嵐の噂を聞き、多くの者たちがその元に集まり、彼は天命により腐敗した今の志芭王朝を打倒するという旗を掲げ、都に向けて進軍を開始した。進む途中にあったいくつかの集団を吸収し、さらに多くの者たちが魏嵐軍の元に集まり、ついにその数は十万を超えた。

 人数が多くなれば、食料の確保が大きな問題となる。彼らは途中にある村に立ち寄っては公然と略奪を行い、田畑にあるものまで、まるで蝗の大群の如く喰らいつくし、逆らう者は容赦なく斬り捨て進み、そんな中で翅苑の村と遭遇した。

 翅苑は美しく聡明であり気丈な女だった。その上、遠いものまで見透すという不思議な力を持っていたが、人には優しく、その存在は近隣の村にも知れ渡っており、村人たちは彼女を生き神のように崇めていた。

「邪悪な一団がこの村に迫っています、女、子どもは山へ逃げなさい、男衆は作物を急いで隠すのです、我らの食べるものを確保するだけではありません、万民のために彼らに食料となるものを与えてはなりません」

 女、子どもを山に逃がし、作物を隠し終わったとき、土煙と怒号とともに騎馬の一団が村の中に駆け込んできた。略奪しながら進軍する魏嵐の軍であった。

「皆の者、よく聞け、我らは傾いた志芭王朝を復活させるために集いし天の命を受けた者だ、我の言葉は天の声なのだ、命をかけて戦いに向かう我らのために、村にある全ての食料を差し出すのだ」

 馬上から魏嵐は大声で叫んだ。

 村の長が進み出て、深々と頭を下げ、不作のためにこの村には食べるものがなく、自分たちも日々の食料にこと欠いている様を説明した。

「探せ」

 馬上の魏嵐は無表情に村長を見据えたまま部下に命令すると、後ろに控えていた者たちが馬から飛び降り、家々の戸を蹴破り、中に飛び込んで行った。

「村長よ、お前は今、食料はないと言った、もしあればそれは天の命に逆らい、天を欺いたということだ、覚悟はできていような。色々な村を廻ってきた我らには食料の隠し場所などすぐにわかるのだぞ」

言い終わったときに、家の中に入った部下の一人が顔を出した。

「ありました、やはり土間に穴が掘ってあり、そこに隠してありました」

 続けてあちこちの家の中から出てきた部下たちが、同じように叫んだ。

「あったようだな」

「いえ、これは……」

 村長が言いかけたとき、魏嵐の持つ槍がすでに村長の胸を貫いていた。

 倒れかけた村長を飛び出して支えた者がいた、それが翅苑だった。

「なんという酷いことをするのです、天意により進む者がこのような人の道に外れることをするわけはありません、あなたたちはただの盗賊です、すぐにここから出て行きなさい」

 翅苑は魏嵐を見上げ、睨みつけた。

「一人残らず斬れ!」

 その声とともに白刃の群れが村人たちに降り下ろされた。

 数百にもおよぶ剣が傾きかけた日の光を反射して煌き、やがてその煌きが収まると、盗賊の群れは忙しく動き回り、全ての食料を奪い、土煙とともに立ち去っていった。

 山の中から様子を伺っていた女たちが降りてきた。

「なんとひどい、ここまで邪悪な者たちだったとは」

 女たちは絶句し、自分の夫や父の亡骸にすがり泣き伏した。

 翅苑を含め数人の者はまだ息があったが、とても助かる状態ではないことは誰にもすぐにわかった。翅苑は村長をかばうように抱きかかえたまま倒れており、そばに来た村長の女房の袖を掴み、空を見つめたまま、うわ言のように呟いた。

「私の亡骸は埋葬せずに、このまま村の外れにある荒れ地に放置し、鴉共の餌にしてください、私は怨念となってこの世に留まります、鴉共も私の怨みを体に宿すでしょう」

 そう言い終わると息絶えた。

 その言葉を聞いた他の者たちも、拳を握り、体を震わせて、それぞれの女房や娘の手を握り、最後の力を振り絞って頼んだ。

「この怨みを晴らさねば、とてもあの世へは行けない、俺の亡骸も同じようにしてくれ」

 男たちも、次々と息絶えていった。

 女たちは泣きながら遺骸を村の外れにある荒地に放置した。こうして村人たちの怨念は地上に留まって魏嵐にとり憑き、毎夜の如く彼の枕元に現れていた。


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