その11
「私の名は趙士雲と言う、貴殿の名は何というのか」
その姿からは想像もできないような静かで落ち着いた口調だった。
紫羅義は自分の名を告げるとともに、簡単に自分の生い立ちと旅の目的を話すと、趙士雲も野盗になるまでの経過を話し始めた。
趙士雲は凛という国の将軍だったが、正しい意思が却下され、賄賂による悪意と利権がまかり通る政治に怒り、凛の国王に直訴したが、賄賂で動く側近たちに反感を買い、罪を捏造され投獄されてしまった。
趙士雲将軍は人望があったために軍の部下が牢獄を破り逃がしてくれたのだが、逃がした者たちも、それに協力した者もそのままで済むわけはない、捕まれば間違いなく斬首される。趙士雲将軍はその者たちを引き連れて凛国を脱出し、そのときに、将軍を慕う者たちも国を捨てて後を追った。彼の率いる部下は軍の中でも精鋭中の精鋭であり、その数は三百にもなり、放浪の末、ここを根城にした。
趙士雲将軍は賄賂で動き、人々の生活をかえりみず、金持ちの手先になっている政治の中枢にいる者たちを憎む以上に、賄賂を送り、利権を貪る富豪どもを憎んでいて、高価なものを身に付けている者を襲っては、金品を奪っていた。そして、凛国ばかりでなく他の国の政治も乱れているのは、志芭王朝が原因であり、王朝にも恨みの目を向けていた。
「紫羅義殿と言ったな、貴殿は何を信条とし、何処に何を求めて旅をされているのか、本音を聞かせて欲しい」
趙士雲は紫羅義の顔を覗き込むようにして言った。
「何処に向かって、何にこの命を使うのか、私は天意に従って進むだけです」
「う~む」
趙士雲は小難しい顔をして腕を組んだ。
彼は今まで出会ったことのない気を纏った紫羅義という人間を計りかねていた。紫羅義には人を惹き付ける不思議な魅力があったのだ。将軍という立場上、多くの王族や人物を見てきた、人を見抜く目は磨かれている、今、目の前にいる若者は何十人という野盗に囲まれ、いつ斬られるかわからない状況にありながら飄々と天意のままにと語る、しかも、少し話しただけで、引き込まれてしまいそうな自分を感じていた。
趙士雲は再び尋ねた。
「天意と言ったが、もし、その天意が、貴殿を王になれと示したらどうするのか?」
「この大陸の皇帝になるしかないでしょう」
紫羅義は簡単に答えた。
皇帝とは天命を受けた、言わば地上に存在する唯一の王であり、絶対の権力を持つ神にも等しい存在なのだ、それに取って替わるなど、役人にでも聞かれようものなら、どんな言い訳をしようが、公開処刑は免れない、そんな言葉を笑顔であっさりと言うなど信じがたいことなのだ。趙士雲は自分で尋ねながら、その答えに驚きの表情を隠せなかった。
その後で、政治、兵法について論じ、その見識の深さに趙士雲は唖然とした顔で紫羅義という若者をマジマジと眺めた。
「この若者はいったい何者なのか」
趙士雲はしばらく額に手を置き考えていたが、意外な言葉をその口から吐き出した。
「私も同行させて欲しい、いつまでも野盗をやっているわけにもいかない、あなたの言う天意の行く末を私も見てみたい」
「あなたも物好きなお方だ、同行するのが天命と思うならご自由にされるがよろしかろう」
紫羅義が笑いながら言うと、趙士雲は跪き、手を握り合わせ、臣下の礼をとった。
「皆の者、今聞いた通りだ、俺は紫羅義殿に付いて行く、お前たちは自由にせよ、付いて来るのも、野盗を続けるのもお前たちの意思に任せる」
趙士雲は立ち上がると、配下の者に向かって、一人一人の顔を見ながら言った。
数日間その村に滞在し、毎夜酒を酌み交わすうちに、他の者もすっかり紫羅義の人柄に惚れ込み、出発の日には、村にいた全員が同行すると言い出した。
こうして紫羅義は塾を出て十日ほどで三百の手下を得ることとなった。




