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紫羅義  作者: 海道 睦月
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その1

「なぜこんなことになった?」

 玄宗は蜀に向かう馬の背に揺られながら、下を向き、手綱を持つ自分の手を見つめていた。まさか、あのおどけた安禄山が反乱を起こし、自分を追い詰めるとは夢にも思ってはいなかった。逃げる途中、唐の国の未来のために最愛の女を処刑しなければならなかった。

「楊貴妃が何をした、朕のそばにいただけではないか、反乱は楊貴妃のせいではない」

 玄宗は七十歳を越えて、彼女だけが生き甲斐だったが、その楊貴妃を守ることができなかった。

「楊貴妃を斬らねば離反します」

 諸将や家臣たちに詰め寄られ、仕方なく頷いた。

「朕はもう疲れた」

 玄宗は老いて、すでに皇帝としての威厳どころか、生きる意欲さえもなくし、終焉のときを迎えようとしていた。全身から力が抜け、彼は静かに目を閉じ、前のめりに馬の背にもたれかかり、彼の魂は今まさにその肉体から離れようとしていた。

「皇帝の座は俺のものだ、志芭の城は我らのものぞ、全軍突入せよ!」

 怒号と土煙、数万の軍勢が城へ押し寄せていた。玄宗は攻められている城の上に立って、その軍勢を見下ろしていた。

「どこだ、ここは? 朕はなぜこのような所へ来ている。志芭とはどこの国だ? あの軍勢はいったい何だ?」

 玄宗は何が何だかわからず押し寄せる軍勢を見下ろしていた。そのとき、空から雷鳴のような、とてつもなく大きな声が彼に降り注いできた。

「陛下、陛下、お気を確かに、陛下!」

 心臓が激しく波打つように動き出した感覚の中で、はっと目を醒まし、体を起こすと、見知った顔が取り囲み、自分の顔を覗き込んでいる。

「お疲れなのです、陛下、少し休みましょう」

 馬から降ろされ、皆に抱えられるようにして木陰に腰を下ろした。

「陛下、我らは一時、蜀の地へ避難致しますが、すぐに長安の都へ戻る日がくるでしょう、しばらくのご辛抱です、お気を確かに」

 重臣たちはうやうやしく頭を下げた。

「そうじゃな、まだ死ぬわけにはいかんな、唐のためにまだやらねばならぬことがある」

 玄宗は頷き、大きく息を吸い込むと、目を閉じ、ゆっくりと吐き出しながら、夢でみた情景を思い出していた。

「あれは夢だったのか、それにしてはあまりに現実的な夢だったが」

 しかし、それは夢ではなかった。玄宗の魂は異世界へと跳んでいたのだ。遠い過去に時空の歪で分かれたのか、それとも元々存在していたものなのか、現世と平行して歴史を刻むもう一つの世界があった。

 西暦七五五年、反乱軍に追われ、長安から蜀の地へ逃げる途中、玄宗の魂はその異世界を垣間見た。

 そこには巨大大陸である、()()が存在し、その全土を()()王朝が支配していた。長い間、大陸の中は多くの国に分かれ、争いを繰り返していたが、志芭国が武力と外交により覇を唱え、志芭王朝を樹立し、それ以来二百余年にわたり、この大陸基治を治めてきたのだ。

 これは、その世界において、己の信条と信念に従い、命を賭けて進まんとする群雄たちの物語である。


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