宇宙からの侵入者
1
午後十時頃、横逗市のとある住宅街。
流石にこの時間となると大抵の家庭は家の灯りを消し、寝床につこうとしている。
しかし、消灯してゆく住宅街の中で、一軒だけ、ポツンと二階の灯りだけが灯っている家があった。
「ん……」
その家の住人である田中文太は、自室のテーブルの上に広げたテキストに顔をうずくめ、なんとも寝苦しそうな顔で寝息を立てていた。
「うあ……あ……」
しばらくうなされた後、文太はゆっくりと頭を上げた。
「……うわ、寝ちゃったのか……」
後悔が多分に混じったような表情で、文太は自分の頭を掻いた。
六分刈りの坊主頭と、十七歳という年齢の割には幼さが多分に残る顔立ちから、どことなく体育会系のような印象を受けるが、実際は運動部などには特に所属していないし、髪型も手入れが楽という理由で坊主にしているだけだった。
「宿題、終わるかな……」
テーブルの上に広げた英語の課題と、部屋の掛け時計を交互に眺め、文太は一考する。
二時間のうたた寝がなければ日付が変わる前には終わらせられたかもしれないが、二時間うたた寝をしてしまった今では、日付が変わる前に終わらせるのは難しい量に思えた。
「……しゃあない。ちょっと夜更かしして終わらせよう……」
意を決したように、文太は自分の両頬を叩いた。
日本上空の高度二千メートルに浮かぶ積層雲の中に、それは紛れ込んでいた。
おおよそ地球のものとは思えない、得体の知れない大量の生物の死骸や鉱物のようななにかが集まって造られた巨大なエイの姿は、何も知らない航空機が一目見てしまえば、ショックでそのまま墜落してしまうのではないかとさえ思わせる禍々しさを持っていた。
尤も、その姿が普通の人間から見えることは決してないのだが。
魔獣戦艦マッドガレオン。それがこの巨大なエイの名前だった。
そしてその内部には、胃袋とも洞窟ともわからない、巨大な空洞が存在していた。
その中央に、えらく場違いな印象を与える代物が一つ。
獅子のオブジェである。
二十メートル近い大きさの、一流の彫刻家でも作り上げるのが困難であろう見事な造詣の獅子が、空洞の中央に鎮座しているのだ。
仄暗く不気味な空洞の雰囲気との対比が、一層場違い感を加速させているようだった。
『シラービスよ、この星について判明したことを報告せよ……』
その獅子の両目が赤く光り、ドスの利いた低い声を発する。
「は……ゴルドカイザー様……」
その呼びかけに応じて、暗闇の中から一人の男が現れた。
全身を黒のローブで覆ったその姿は、紛れもなく数時間前に横逗市に現れた男だった。
「予想通り、この星にはこれまで侵攻してきた惑星の中でも特に豊富な資源と生命エネルギーを持ち合わせています。制圧できれば更なる戦力の強化のみならず、目障りな宇宙警察どもを今度こそ滅することも可能でしょう」
『そんなことは既にわかっている。私が知りたいのはゾードについてだ……』
獅子は男の報告をぴしゃりと跳ね除ける。本当に必要な情報は別にあるとでもいう様子だった。
「申し訳ありません……ゾードに関しては鋭意探索を行ってろいますが、過去のデータから検証を行った結果、このエリアの付近にその一部が眠っていると思われます」
そう言って男は懐から水晶玉のようなものを取り出す。
その水晶には日本列島、それも神奈川の横逗市近辺の形が浮かび上がっていた・
「魔人ゲスガ二ランとゲスパーダを呼び寄せ、探索にあたらせましょう。奴等の残忍な性分ならば、ゾードの探索のみならず、人間どもに多大な恐怖を植え付けることも可能でしょう・
『……期待して良いのだな』
「仰せのままに……」
獅子の問いに、男は深々と拝礼して答える。
『……いいだろう。吉報を期待しているぞ』
「は……」
男は再度一礼し、踵を返した。
そして来たときと同じように、闇の中へと再度その姿を消した。
『……愚かなる宇宙警察の犬よ、この星を今度こそ貴様の墓場にしてくれるわ……覚悟しておくがいい……』
底知れぬ強大な憎悪の念が籠った声で、獅子は低く唸っていた。
「寝過ごしたあぁ!」
慌ただしい叫び声とともに飛び起きた文太は、やはり慌ただしい様子で寝間着代わりのジャージを脱ぎ捨てて制服へ着替える。
掛け時計の時間は七時半を差している。いつもなら七時には起きて七時半には余裕を持って登校しているため、今日は完全な寝坊である。
思いの他課題にてこずってしまい、二時過ぎに寝たのがまずかったようだ。
「ええと教科書と課題は持ったし他には……」
制服に着替え終わっても、文太は身支度の為にあくせくと部屋中を歩き回る。が、
「いってえぇ!」
慌てた拍子に文太は部屋の本棚の角に足の小指をぶつけてしまった。
「っててて……ああもう朝から散々だ!」
文太は痛みで顔を歪ませ、その場にうずくまってぶつけた小指を手で押さえた。
押さえたところで痛みがなくなるわけでもないのだが。
「って、痛がってる場合じゃない! 遅刻だ!」
自分が遅刻しそうなのを思い出し、文太は目の前に置いてあったバッグのチャックを閉めて背中に背負った。
「飯食ってる時間ねえ!」
そしてやはり慌ただしい様子で、文太は部屋を飛び出した。
このとき、彼は気付いていなかった。
本棚に小指をぶつけたとき、そこに飾ってあった車の模型が落下し、真下に置いてあったカバンの中に入っていたことを。
2
文太が通う神奈川県立幸崎高校は、駅から徒歩二十分、文太の家からだと自転車で約三十分程度かかる丘の上にある。
偏差値は県内の高校でも高い方だが、それ以外は取り立てて語る点もなく、良くも悪くも普通の高校である。
文太自身も、姉の母校だからという理由だけでここを選んでいたくらいだ。
「ふう……なんとか間に合った……」
息を切らしながら、文太は駐輪場に自分の自転車を停めた
いつもならもう少し落ち着いて登校しているのだが、今朝は遅刻寸前だった為、なりふり構わず自転車を漕いでここまで来た。
時刻は八時十五分、いつもより十分程度遅れたものの、始業時間の八時半には無事間に合い、文太は胸を撫で下ろす。
「しかし……あっついな……」
噴き出た額の汗を、文太は拭った。
昨日のように雨ではないが、曇り空のジメジメとした蒸し暑い天気は、確かな梅雨の季節の到来を感じさせた。
「もう夏が来るんだなあ……冬よりはいいけどやっぱりしんどいよなあ……」
そんなことをぼやきながら、文太は駐輪場を後にしようとした。が、
「いてっ!」
すぐ近くに迫っていた自転車に気付かず、文太はぶつかってしまった。
「す、すいません!」
慌てて謝る文太だったが、上級生と思われる自転車の持ち主はそんな文太を睨みつけ、小さく舌打ちして駐輪場の奥へと去っていく。
「……」
呆然と立ち尽くす文太の頭の中を、言いようのない恥辱心が真っ赤に染め上げて行く。
周りを行き交う生徒たちはそんな文太に奇異な目を向けている。
「……かっこわる……」
少しばかり自己嫌悪になりながら、文太は逃げるように駐輪場を後にした。
ほぼ同じ頃、横逗市のとある雑居ビル屋上。
「……奴はどれだけ私を待たせる気だ……」
黒ローブの男、シラービスは何者かに待ちぼうけでも喰らわされているのか、苛立ちを抑えたような声で呟いた。
晴れの日に全身黒ずくめのその恰好は益々不審者にしか見えないが、誰も気付かないのは幸いというべきか。
そんなとき、ある変化が起こった。
シラービスの背後の空間が、突如として筆で絵具をかき混ぜたかのように歪み始めたのだ
「……来たか」
直後、その歪みの中央から、野球ボール程度の大きさの機械が飛び出して来た。
「……」
予想していたものと違っていたのか、シラービスは黙り込んだ。
フードのせいで表情は見えないが、恐らくその顔は引きつっているだろう。
歪みの中から出て来たのは、蜘蛛の姿を模した機械だった。
様々な機械のスクラップを組み合わせて作られたと思われるその歪な姿は、本物の蜘蛛とは違う不気味さを持っていた。
「へへへ……遅れてすいませんシラービス様”」
二十代前半と思われる、なんとも軽そうな声が機械から発せられた。
「……どういうつもりだ、ゲスパーダ」
そう言ったシラービスの声は、若干苛立ちを増しているようだった。
「そうカッカしないでくださいよ……俺たちみたいな低級の宇宙魔人はこういう星で身体作るのも結構大変なんすよ……だからこうやって代理をよこしたってワケですよ。へへへ……」
悪びれる様子もなく、機械蜘蛛は喋る。
「……お前の兄のゲスガ二ランはどうした。既にこの星には来ているのか」
「兄貴ならまだ来てないですねえ。俺とは反対の方向に逃げてるみたいだから余計に時間が掛かってるんじゃないですか」
「……まあいい。それよりも何故貴様等宇宙魔人を呼び出したか理解しているのか」
「モチのロンですよ! この星で食って暴れてゾードってすげえ力を見つけりゃいいんでしょ? 楽勝ですよ!」
無駄に自信に溢れた様子で、機械蜘蛛が答える。
「あまり油断するな。宇宙警察どもが我々を追って来るのはそう遠くはない。もしもあのレイバーシスと対峙することにでもなれば、非常に厄介なことになるぞ」
「大丈夫ですよ! 宇宙警察はもうゴルドカイザー様にボコボコにされてロクに戦えないようなザマなんでしょう? そんな奴等相手なら楽勝ですよ!」
シラービスの警告に対し、機械蜘蛛はまるで聞く耳持たずという様子だった。
「……まあいい。期待しているぞ」
「へい! そんじゃ準備が出来たら出向きますわ! それじゃ!」
そう言うと機械蜘蛛からの言葉は途切れた。
同時に蜘蛛は小さな爆発を起こし、バラバラに砕け散った。
「……あいつ、ことの重大さを理解しているのか……」
苛立ちが拭えない様子で、シラービスは呟いた。
「あれ……なんでこれがバッグん中に……」
朝のHRを終え、机の横の自らのバッグに手を伸ばした文太は、その中に見慣れない物が入っているのに気付いた。
ミニカーである。部屋の本棚に飾ってあるミニカーが、バッグの中に入っていたのだ。
親戚から貰ったもので、車種は米GM社のシボレー・コルベット。掌に収まる程度の大きさながら、力強さを感じさせる長いノーズなど、基の車の特徴をよく捉えた造形に、銀色のカラーが非常に冴えて写る。
「……あのときバッグに落ちちゃったのか」
文太は朝、本棚に小指をぶつけたのを思い出す。慌てていたので気付かなかった。
「……ばれなきゃいいか」
しかし、文太は特に気にすることもなく、必要な教科書を取り出して、バッグのチャックを閉めた。
3
広大な宇宙空間を、地球に向かって光が一筋。
隕石や小惑星の類ではない。野球ボール程度の大きさの、青白く輝く光の球だ。
「あれが、地球か……」
地球を眼前にして、光球は地球の言葉で呟いた。
二十台前半と思われる、凛々しい声音だった。
「間に合ってくれよ……」
程なくして、光球は地球の重力圏に到達、吸い込まれるように、その姿を消した。
幸崎高校の体育館には二つの倉庫がある。
球技用のボールや運動部の備品等の、年間を通して使用される道具が収納されている第一倉庫と、室内用の鉄棒や幅跳び用具等、年に数回しか使用されない道具が収納されている第二倉庫。
頻繁に出入りがある第一倉庫とは違い、第二倉庫は必然的に人の出入りが少なく、倉庫全体に埃っぽい空気が漂っている。
そんな第二倉庫の空間の一部が、絵具を筆でかき混ぜたように、歪に歪み始めた。
「へへへ……餌場はここかあ?」
直後、歪みの中から、一人の男が姿を現した。
三メートル近くなる筋肉質な身体を覆う黒のラバースーツと、口元を除いた頭部全体を覆う、蜘蛛の眼のような意匠が施されたヘルメット、その後部から蜘蛛の脚のように伸びるドレッドヘアーと、人間離れした特異な風貌をしている。
この男が、今朝機械蜘蛛を用いてシラービスと会話をしていた、宇宙魔人ゲスパーダである。
「さあて、この身体を作るために使ったエネルギーを、仕事の前に補給させてもらうとするぜえ……」
そう言うとゲスパーダは、口元に邪悪な笑いを浮かべた。
「あー、終わった終わった……」
夕日が差し込む体育館への廊下を、文太は背伸びをしながら歩いて行く。
授業を終え、掃除当番も終わり、あとは体育館の体育職員室にいる担当の教師に掃除が終わった旨を伝えて帰るだけだ。
「……体育館やけに静かだなあ……」
いつもならやかましいぐらいに廊下に響く、バスケ部等の体育系の部に所属する生徒の掛け声やボールがバウンドする音が、今日は一切聞こえて来ないのだ。
部活はどれも平常通りやっていたハズなのだが……。
「なんかあったのか……?」
不審に思いながらも、文太は体育館の前に立ち、扉を開いた。
「え……?」
が、文太はそのまま言葉を失い、目を丸くした。
運動部の生徒、顧問の教師等、体育館にいたであろう全員が床に倒れ伏しているのだから。
「ひ……ひあ……」
そして体育館の中央で、三メートル近い巨体の男、ゲスパーダに、女子生徒が首を掴まれた状態で、目に涙を浮かべながら宙に持ち上げられている。
「へへへ……苦しめ……もっと苦しめ!」
凶悪な笑みを口元に浮かべ、ゲスパーダは更に腕に力を込めた。
蒼白だった女子生徒の顔色は死体のような土気色へとどんどん変色して行き、やがて意識も完全に失われてしまった。
「けっ、やっぱ思ったより一匹あたりの生命エネルギーが少ねえ……味は悪くねえが、これじゃ物足りねえな」
不満そうな物言いで、ゲスパーダは締め上げていた女子生徒を放り投げた。
「し、死んだ……?」
入り口で一部始終を見ていた文太には、女子生徒が得体の知れない大男に殺されたようにしか見えなかった。
死んでいないとしても、体育館に倒れ伏している全員が意識がなく、顔も土気色になっており、傍から見ても危険な状態なのは明白だった。
「な、なんなんだよこれ……映画の撮影でもやってんのかよ……聞いてないよ……」
半分錯乱したように、文太は口走る。
勿論そんなことはないのだが、今の文太は無理にでも自分を納得させようとしていた。全く納得できていないが……。
「んー? なんだ、まだ一匹残ってるじゃねえか!」
そんな文太を見つけたゲスパーダが、お菓子を目の前にした子供のような、嬉しそうな声になった。
「ひっ……!」
それに気付いた文太はその場から逃げ出そうとした。が、
「へへへ……逃げんなよ!」
それよりも早く、ゲスパーダの右腕から蜘蛛の糸のような白い束が放たれた。
「うあっ!?」
糸は文太の体に巻き付き、動きを封じる。
「へへへ……お前のエネルギーも搾り取ってやるよ!」
「うあっ! は、放せ!」
必死の叫びも空しく、糸によって文太の身体はゲスパーダの方へ手繰り寄せられて行く。
「へへへ……死にそうな餌の悲鳴は何度聞いても最高だな!」
ゲスパーダはあっという間に文太の身体を手繰り寄せ、文太の肩を掴んだ。
「さあて……最期に最高の悲鳴を聴かせてくれよぉ……」
残忍な笑いとともに、ゲスパーダは左腕から巨大なナイフのような代物を出現させた。
「う、うわあぁぁ!」
首を目一杯捻った文太は、巨大な刃物を構え、今まさにそれで自分を仕留めようとするゲスパーダを見て悲鳴を上げた。
「さあ、消えちまいなあ!」
処刑と言わんばかりに、ゲスパーダは左腕を振り上げた。
「このエネルギー反応……間違いない! 宇宙魔人だ!」
数時間前に大気圏を突破していた青白い光球が、幸崎高校の上空に姿を現した。
傍から見れば隕石でも落ちて来ているように見えるが、下校中の生徒や部活動中の生徒は、その姿に気付いていなかった。
「うおぉぉっ!」
叫び声とともに、光球は体育館に衝突した。
4
体育館全体を、眩しい光が覆い尽くす。
「うあぁぁっ!?」
文太は思わず目をつぶる。
同時に、背後からなにかに引っ張られたかのような感覚に襲われ、わずかによろめいた。
「な、なんじゃこりゃあぁ!? ぐへっ!」
ゲスパーダは動きを止められ、更に正体不明の力によって、後方へと吹っ飛ばされた。
「い、一体なにが……」
光は数秒で収束し、文太は恐る恐る目を開いた。
さっきまで自分を拘束していた糸は消え、自分に刃物を突き付けていたゲスパーダは吹っ飛ばされて仰向けに倒れている。
「どうなってんだ……てかなにこれ!?」
そして文太はもう一つの異変に気付く。
背中に背負っていたバッグから、青い光が放たれていたのだ。
「ひょっとして、さっきの光って……」
文太はバッグを床に下ろし、恐る恐るチャックを開いた。
「うわっ!?」
その瞬間、バッグの中から青い光とともに何かが飛び出した。
「あれは……コルベット!?」
それは紛れもなく、バッグの中にしまってあった、シボレー・コルベットのミニカーだった。
「ライド・アップ!」
どこからともなく響いた掛け声により、ミニカーに更なる変化が起こる。
全体に光のラインが走り、その形を変え始めたのだ。
長いノーズは左右に分割されて大ぶりな肩に、フロントドアにあたる部分が左右に展開されて両腕となる。
車の後方半分にあたるパーツも左右に展開され、両脚を形成する。
車体の底が胴体になり、最後に胴体から頭部がせり出し、ミニカーは完全に人の姿へ形を変えた。
変化はまだ終わらない。形を変えたミニカーが光に包まれ、十センチ程度の大きさから、二メートル程の大きさへと、瞬時に巨大化した。
そして頭部の双眸に、意志が宿るようにオレンジ色の光が宿り、輝いた。
「チェンジ! レイバーシス!」
全ての変化を終え、戦士レイバーシスは名乗りを上げた。
「へ、変形した!?」
目の前で起こった事象に、文太は目を点にした。
「とう!」
一呼吸置き、レイバーシスは地面に着地する。
その姿は頭の悪い言い方だが、人型のロボットとしか言いようがない。
複数のブロック状のパーツを組み合わせて構成された胴体。そこから生えた比較的人間に近い形状をしている上腕と腿に対し、下腕、肩アーマー、脛等は基になったコルベットの意匠が多く残っている上に肥大化しており、車が変形したパーツをプロテクターの如くまとっているようにも見える。
頭部は人間と同様に目、鼻、口があるが、いずれも整った凛々しい顔立ちをしており、角飾りのない侍の兜のようなヘッドアーマーを被っている。
「ろ、ロボット……!?」
目をぱちくりさせ、身も蓋もない感想を口走る。
「怪我はないか、少年?」
そんな文太の方へ振り向き、レイバーシスは尋ねた。
「え? あ、はい……」
しどろもどろしながらも、文太はレイバーシスの問いに答えた。
「お、お前はレイバーシス! こ、こんなところまで追ってきやがったってのか!?」
反対側で仰向けに倒れていたゲスパーダは、レイバーシスの姿を見て驚愕の声を上げた。
「貴様等宇宙の悪党が悪事を働く限り、私はどこまでも貴様等を追い詰める!」
レイバーシスはゲスパーダを睨み、指を差して宣言した。
「へっ! だったら追い詰められる前にお前をぶち殺してやるよ!」
そう言ってゲスパーダは、両腕を大きく広げた。
「魔人結合!」
その叫び声とともに、周囲に異変が生じた。
開け放たれていた第二倉庫の中から鉄棒等の用具が飛出し、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、ゲスパーダの周りへと集まり始める。
それらはゲスパーダの背中に貼り付き、蜘蛛の脚のような形状へと変化して行く。
「こ、今度はなに!?」
「魔人結合か!」
またしてもうろたえる文太に対し、レイバーシスはその光景に見覚えがあったのか、冷静な反応だった。
「結合完了! ヒャッハア!」
自らの強化を完了させたゲスパーダが、声高々に叫んだ。
背中から左右に三対、計六本の蜘蛛の脚を備えた姿が禍々しさを感じさせる。
「こ、今度は合体した!?」
「あれは魔人結合。様々な物質と自分を融合させてパワーアップを行う、宇宙魔人の常套手段だ」
「け、結合……?」
レイバーシスの説明を受けても、文太には到底理解できなかった。
「へへへ……覚悟しやがれ!」
ゲスパーダは再度左腕から刃物を出現させ、四本の脚を床に突き立てた。
「イヤッハァ!」
次の瞬間、ゲスパーダは突き立てた脚をバネの如く屈伸させ、レイバーシス目掛けて跳び掛かった。
「うわあぁぁ! 跳んで来たあぁぁ!?」
「少年! 跳ぶぞ!」
慌てる文太を、レイバーシスが抱き抱えた。
「え? うわあぁっ!?」
文太を抱き抱えたまま。レイバーシスは天井へ跳躍する。
「オラァ!」
その直後、ゲスパーダの一撃が床を抉り取った。
5
「と、跳んでる!?」
レイバーシスとともに天井へ跳びあがった文太は目を丸くした。
普通の人間なら到底不可能な大ジャンプに付き合わされたのだから無理もない。それだけが原因じゃないが。
「逃がすかよ!」
攻撃に失敗したゲスパーダは、即座に空中のレイバーシスに向かって、右腕から糸を放った。
「少年! また動くぞ!」
「え……うえっ!?」
そう言った瞬間、レイバーシスは空中で身体を一回転させ、ゲスパーダが放った糸を回避する。
レイバーシスを捕え損ねた糸は、そのまま天井の鉄骨に巻き付いた。
「ひええぇっ!}
目の前の光景が反転したことで、文太は更にパニックに陥った。
「このまま着地するぞ!」
が、それだけでは終わらなかった。
「ちょ!? うわああっ!」
レイバーシスと文太は、そのまま地面に向かって落下して行く。
「そうは行かねえぞ!」
だが、この状況を逃さんとばかりに、ゲスパーダは左腕をレイバーシスに向けて突き出した。
「ズタズタになっちまえ!」
無数の針のような武器が、レイバーシス目掛けて放たれた。
「またなんか来たあ!」
「うろたえるな!」
だが、レイバーシスは文太を一喝し、自らの腰部アーマーに手を伸ばした。
「レイバーカッター!」
アーマーが瞬時に展開し、侍が使っていた小太刀を思わせる武器が出現し、レイバーシスが即座にそれを構えた。
「一体何を!?」
「こうするんだ!」
そしてレイバーシスは、文太を抱えたまま、構えたレイバーソードを扇風機の如く高速で回転させた。
「うおおぉっ!」
その直後、回転するレイバーソードに接触した針が、ガラスが割れるような音とともに砕け散った。
「なにいいぃ!?」
自身の攻撃をあっさり敗られ、ゲスパーダが驚愕する。
「とうっ!」
「うわあっ!」
レイバーシスはそのまま床に着地し、抱えていた文太を解放する。
「大丈夫か? 少年」
「は、はい……」
はいと答えたものの、文太は眼前で繰り広げられた戦闘により、半分錯乱している。とても大丈夫とは言えない。
「巻き込んでしまってすまない……少年、君の名は?」
「え? あ、えと……田中文太……」
「お前等! 俺を差し置いて話し込んでんじゃねえよ!」
レイバーシスと文太の会話に、ゲスパーダが割って入った。
自分を無視して会話を進められているのが腹立たしかったのだろう。
「まだこっちの攻撃は終わっちゃいねえぞ!」
そう言うとゲスパーダは、先程天井に巻き付けた糸を高速で巻き取り、天井へと跳び上がった。
「文太! 私から離れるんだ!」
「え?」
それを見たレイバーシスが文太に向かって叫んだが、文太はその意味をよく理解していなかった。
「へっ! ガキを先に逃がそうって寸法か! だがそうは行かねえよ!」
天井の鉄骨にぶら下がったゲスパーダは、再び左腕をレイバーシスと文太に向ける。
「今度こそズタボロになっちまえ!」
そして先程よりも遥かに大量の針が、雨のように二人に降り掛かった。
「ひいっ! あんなにたくさん!?」
「なんの!」
しかし、レイバーシスは臆することもなく、再びレイバーソードを構え、それを回転させて降り掛かる針の雨を防ぐ。
「一度防ぎ方がわかればどうということはない! 文太! 私が攻撃を防いでいるうちに、あそこへ逃げるんだ!」
防御を続けながら、レイバーシスは入り口に向かって逃げるよう、レイバーシスは文太に目で合図を送る。
幸いにも、降り掛かる針は全て弾かれており、今なら逃げることも可能だった。
「……わ、わかりましたあぁ!」
数秒かかったものの、レイバーシスの言ったことを理解した文太は、体育館の入り口へ向かって走り出した。
「なんなんだよおぉ!」
「へっ! 思ったよりしぶといようだな!」
文太を先に逃がしながらも、自身の攻撃を防ぎ続けるレイバーシスの姿に、ゲスパーダは驚く。最初に攻撃を防がれたときよりも声には余裕があった。
「だが、コイツはそうは行かねえぞ!」
針での攻撃の手を緩めないまま、ゲスパーダは背中の四本の脚を、レイバーシスに向ける。
それぞれの脚の先端が二つに割れて開き、その中からミサイルのような形状のものがせり出した。
「粉々に吹っ飛んじまえ!」
直後、ゲスパーダは四本のミサイル全てを、レイバーシス目掛けて発射した。
「しまっ……」
しかし、針での攻撃を防ぎ続けるレイバーシスに、ミサイルを回避することは出来なかった。
「ぐあぁっ!」
そしてミサイルが床に直撃し、レイバーシスは爆風とともに宙へ投げ出された。
6
「うええぇい!?」
入り口に向かって走っていた文太だったが、ミサイルが弾けたことによって吹き上がった爆風に後ろから煽られて吹っ飛ばされ、そのまま地面に叩き付けられた。
「いてて……れ、レイバーシスさん……?」
おろおろと立ち上がり後ろを向いた文太だったが、巻き上がった煙に遮られ、レイバーシスの姿を確認することは出来なかった。
「がっ!」
爆風によって宙を舞ったレイバーシスは、体育館の壁に叩き付けられ、床に転がった。
「ヒャハハハハ! ざまあねえなレイバーシスよお!」
その様子を見て、ゲスパーダが非常に愉快そうに大笑いする。
「くっ……深くだった」
わずかによろめき、レイバーシスは立ち上がった。
致命傷ではないが軽傷とも言えない、あまりよろしくない様子なのには間違いなかった。
「へへへ……お楽しみはこれからだぜ……」
ゲスパーダは左腕の糸を切り離し、再度床へ着地する。
「その様子じゃ満足に動けねえだろ……そこをコイツでブスリと突き刺して殺しちまうってわけよ! ヒャハハハハ!」
そして左腕から再び刃物を出現させ、いやらしそうに刀身を舌で舐めると、今までで一番狂喜じみた笑みを浮かべた。
「さあ……死んじまいなあぁ!」
再び脚を地面に突き立て、ゲスパーダはレイバーシスに跳び掛かった。
「……確かに自由には動けないな」
レイバーシスは手にレイバーソードを握ったまま、全身の力を抜いたような姿勢をとった。
「ヒャハハハ! 遂に諦めたか! 死ねやあぁぁ!」
ゲスパーダの切っ先が目の前まで迫った、そのとき、
「だが、身体が少しでも動くなら、反撃は出来る!」
上体を捻り、レイバーソードを構えた右腕を背後に回すレイバーシス。そして、
「ぬんっ!」
瞬時に上体を元の姿勢に戻し、レイバーソードをバネの如く前面へ突き出した。
「あ?」
予想外のレイバーシスのアクションに、ゲスパーダは唖然となった、その直後
「……ギイヤアアァ!」
さっきまでとは一転し、悲鳴のような断末魔のような叫び声が響き渡った。
「腕があぁぁ! 俺の腕があぁぁ!」
レイバーシスが突き出したレイバーソードは、シラービスの肩の付け根に深々と突き刺さっていたのだ。
「痛がっているところ悪いが」
レイバーシスは冷静な表情でレイバーソードを引き抜き、放り投げた。
「もう一発、痛い目を見てもらおうか!」
そして武器を手放した拳を強く握り締め、それをゲスパーダ目掛けて繰り出した。
「ぶへええぇ!?」
鉄拳が顔面に直撃し、ゲスパーダは後方へ吹っ飛ばされ、床に叩き付けられた。
「動きを止めるには、数が少なかったな……」
そう言ってレイバーシスは腕を下ろし、先程手放したレイバーソードの方へ歩いて行く。
「この通り、私はまだ存分に戦えるのでな!」
レイバーソードを再び構え、レイバーシスはその切っ先をゲスパーダに向けた。
「ぶぐ……調子に……」
痛みで震えながら、ゲスパーダは起き上がる。
顔を覆うヘルメットは破損はしていないが、痛みを防ぐにはまるで役に立たなかったらしい。
「乗ってんじゃねええ!」
四本の脚が全て展開し、再びミサイルがレイバーシスに降り掛かった。が、
「一度受けてしまえば、どうということはない!」
レイバーシスは前方へ駆け出したかと思うと、身体の各部を瞬時に変形させ、再びコルベットへと姿を変える。
変形によりレイバーシスはミサイルをかわし、標的を失ったミサイルは後方の壁に炸裂し、爆発四散する。
「行くぞ!」
タイヤを回転させ、レイバーシスがゲスパーダ目掛けて突進する。
「なにいぃ!?」
ゲスパーダが驚く間も無く、レイバーシスが間合いへと飛び込み、土手っ腹にぶち当たった。
「ぐえぇっ!?」
実車よりはずっと小型だったとはいえ、突進のスピードはかなりのもので、ゲスパーダは更に顔を苦痛に歪めた。
「これで決めるぞ!}
レイバーシスは再び人型に姿を変えてゲスパーダの頭上へ跳躍し、レイバーソードを構えた。
「ひいぃぃっ! く、来るなあぁっ!」
体当たりを食らって尻餅をついた状態で、ゲスパーダはわめく。
しかし、この状態では逃げるのも無理だった。
「覚悟!」
そして、レイバーシスはゲスパーダの脳天目掛けてレイバーソードを振り下ろした。
「ち、ちくしょう!」
が、刀身が接触する直前、ゲスパーダは自身の四本の脚を切り離した。
「なにっ!?」
切り離された脚は宙を舞い、これにより、レイバーソードの刀身はゲスパーダではなく、脚の一本に接触した。
「ぐあっ!?」
刀身が脚を切り裂いた直後、眩い閃光が走り、レイバーシスの動きを封じる。
「目くらましか!」
「これで終わりだとか思うんじゃねえぞ!」
レイバーシスが動けない間に、ゲスパーダはよろよろと立ち上がり、来たときと同じように空間に歪みを発生させた。
「覚えてやがれ!」
そして捨て台詞とともに、歪みの中へ一目散へと飛び込む。
歪みはすぐに消滅し、後にはなにも残っていなかった。
「……逃げられたか……」
レイバーシスは悔しそうに歯を噛み締め、レイバーソードを腰部アーマーへと戻した。
7
「レイバーシスさーん!」
そんなレイバーシスのもとへ、先程逃げた文太が再び駆け寄って来る。
「……文太、逃げろと言ったハズだが……」
「すいません、レイバーシスさんのことが気になっちゃって……」
「……そうか……ありがとう。心配を掛けさせてすまなかった」
文太の無事と、思わぬ気遣いに、険しかったレイバーシスの表情がわずかに緩む。
「……あの、これどうしましょう……」
そう言って文太はおろおろと周りを見渡した。
ゲスパーダによって死んだように倒れている生徒と教師、戦闘によりあちこちが破壊されて無残な姿になってしまった体育館、どうすると言ってどうにかなるものではないだろうが、よろしくない状態なのは間違いなかった。
「心配には及ばない」
が、レイバーシスは落ち着いた様子で、握っていた拳を開いて見せる。
「オオオ……」
そして気を込めるかのようにして、開いた拳に野球ボール程度の大きさの光の球を出現させた。
「こ、これをどうするんですか……?」
「こうするんだ」
不思議そうに光球を見る文太を余所に、光球はレイバーシスの手を離れ、天井へ向かって上昇して行く。
天井まで昇った直後、光球は無数の光の粒子となって四散し、体育館全体に降り注いだ。
「これは……うえっ!?」
どことなく煌びやかなその光景に見とれていた文太だが、直後にそれは驚きの表情に変わった。
光が浴びたことにより、見るも無残な姿になっていた体育館が、何事も無かったかのように元の姿へと戻って行く。
「だ、どういうこと……?」
「私の生命エネルギーの一部を分け与えた。これくらいの建物なら元の形に戻すことが出来るだろう。倒れている人々も少しすれば目を覚ますハズだ」
「えと……みんな生き返ったんですか?」
「死んではいない。ただ、ゲスパーダに生命エネルギーを吸い取られて危険な状態だった。だがどうにか命に別状はないところまで持って行くことは出来た。しばらくすれば意識も回復するだろう
「はあ……」
そう言われて文太は倒れた人達の方へ目をやった。
まだ誰も目を覚ましていないものの、顔色は確かに死人のような黄土色から普通の肌色へと戻っていた。
「……レイバーシスさん、あなたは一体……」
信じられないようなことを次々やってのけるレイバーシスに、文太はぽつりと呟くように尋ねた。
「……私は、宇宙警察機構ブレイズガードの一員、レイバーシスだ
「……:
レイバーシスの自己紹介を聞いても、文太にはまるでピンと来なかった。
横逗市の郊外に、一軒の廃工場がある。
数年前に倒産した会社なのだが、潰れるまでに色々とよからぬ噂があったこともあり、市も処分には消極的になっているという曰く付きの場所だった。
「ちくしょう! レイバーシスめ!」
現在ここを根城にしているゲスパーダは、憎々しげに壁を殴る
シラービスから話を聞いたときは美味しい仕事だと考えていたが、早々にレイバーシスによって出ばなをくじかれてしまった。
「楽に稼げる仕事だと思ってたのに邪魔しやがってよお! ざけんじゃねえよ! 次こそはボコボコニしてブチ殺してやるよ!」
「随分イラついてるみたいだなァゲスパーダ」
そんなゲスパーダに、何者かが声を掛けた。
「この声……ゲスガ二ランの兄貴か!?」
「ハハハ……」
笑い声とともに工場の壁にブラックホールのような黒い穴が出現し、中からゲスパーダの兄、ゲスガ二ランが姿を現した。
ゲスパーダと同じく三メートル近くある身体をラバースーツで覆っているが、色は黒ではなく赤の為非常に派手で、首から上もドレッドヘアーが伸びているのは共通だが、こちらは蟹の甲羅のようなごつごつとしたマスクで顔の前面を覆っており、左右からは蟹の鋏のような形状の角が伸びている。風体の禍々しさはゲスパーダ以上だ。
「ったく、不便な星だよなァ。わざわざ暴れるための身体をこしらえないとならないなんてよォ」
面倒くさそうにゲスガ二ランは吐き捨てた。
「へへへ……やっと来たか兄貴! 兄貴がいればこちとら百人力だぜ!」
嬉しそうな声でそう言うと、ゲスパーダはゲスガ二ランへと駆け寄った。
「ハッ、照れるじゃねえか。まあ初っ端から警察の犬に噛まれたのは失敗だったな」
「そうなんだよ! しかもアイツ噂より全然強いじゃんかよ!」
「そうなるだろうと思って手土産を持って来てやったぜ」
そう言うとゲスガ二ランは、手の中に隠していたものを見せる。
「こ、こいつはモンスローダー製造キットじゃねえか!」
手の中に握られていたのは、野球ボール程度の大きさの、静電気のような光を放つ球体だった。
「宇宙商人からそこそこの値で買い付けた。こいつがありゃレイバーシスの野郎にも一泡噴かせられるだろうよ」
「へへへ……流石兄貴だ!」
新しい玩具を手に入れた子供のように、ゲスパーダははしゃいだ。
「ハハハ! 見てろよレイバーシス! こいつでお前を血祭りにあげてやるからよォ!」
工場内に、宇宙魔人二人の邪悪な笑い声が響き渡った。