プロローグ
それは六月上旬のことである。
日本はすでに梅雨入りを迎えており、この日も関東地方を中心に、灰色の雲が上空を覆っていた。
そんな中、成層圏を監視する衛星の目をかいくぐり、隕石と思しき物体が一つ、大気圏に突入して行く。
隕石、というより、全身が鉱物で覆われたエイのような姿をしたそれは、五十メートル近い巨体を特殊なステルス機能を用いて隠し、まるで何かの意志でも持っているように、ゆっくりとその高度を下げてゆく。
そして約二時間程かけて降下した後、誰にも気付かれることなく、日本上空に展開した積層雲の中へと、その姿をくらませた。
午後八時頃、神奈川県横逗市
江戸時代より外交の要として栄えた横須賀市、古くからの歴史を紡ぐ鎌倉市、政令指令都市に一つにして、神奈川最大の都市である横浜市、これらの隣接都市に比べて、横逗市は正直あまり栄えているとは言い難い、富裕層のベッドタウンという印象が強い街だった。
昼間から降り続く雨のせいもあるだろうが、最も繁盛している駅前以外はどこも人通りは少ない。
「ゾードの反応があったのはこのエリアか……」
その横逗市の様子を、駅前の雑居ビルの屋上から見下ろす男がいた。
男は二メートル近くもある巨体を黒いローブを纏って覆い隠しており、フードを被っているせいで顔もしっかり確認は出来ないが、声質は二十代後半のようだった。
「反応があったといえど、ゾードは勝手に出現して力を解放するということはないだろう……侵攻も兼ねて、手始めに奴らをけしかけてみるとするか……」
常人には理解できないであろう独り言を、男は淡々と呟き続ける。
その異様な様子は、傍から見れば不審者以外の何者でもないだろうが、降り続く雨に遮られ、男の姿に気付くものはいなかった。
「全ては、我らが首魁、ゴルドカイザー様の為に……」
そう呟いて男は踵を返し、闇の中へと姿を消した。